ハネタク“激流”受け止める広告塔は2年後への布石!世界に立ち向かう3センチの成長
2020 THE PERSON キーパーソンに聞く
カヌー・スラローム男子カナディアンシングルの羽根田卓也(31=ミキハウス)が競技の注目度アップに情熱を注いでいる。16年リオデジャネイロ五輪で日本勢初の表彰台となる銅メダルを獲得してから、さまざまなメディアの出演依頼に応えている。厳しいネットの声を受け止めながらも広告塔を務めるのは、2020年東京五輪に向けた“メディアトレーニング”の一環でもあった。マイナー競技人気の獲得のキーマン、ハネタクの本音に迫った。
普段、メディアに取り上げられにくい競技にとって、東京五輪はまたとないアピールの場になる。羽根田の狙いは2つ。レース当日の来場者を含めて本番までに注目を集めること。そして、競技史上最大級のインパクトを、結果で残すことだ。
「僕はリオの銅メダルで一つの基準ができてしまったので、それを下回ることは許されなくて。求められる結果は、1面級のことだと思っています」
前回五輪で日本勢初メダルを獲得した後から、世間の関心を集める布石を打ってきた。可能な限り、取材やテレビ、イベントの出演に応じた。「カヌーという言葉が自分を通して世間に出るように」。競技の普及を願い、ハネタクは“ノーと言わない男”になった。
カヌーの広告塔を買って出ているのは、2年後に最高の結果を導くためでもある。自国での五輪は、報道の過熱が予想される。期待も重圧も最大級になるはずだ。今から“メディアトレーニング”を己に課すことで、パフォーマンスの低下を防げると考えている。
「東京五輪に向けていろんな声があると思うんですよね。記者さんのちょっとした一言で自分のペースを崩されることもある。何げなく会う人だって、予想もしない言葉を投げかけるかもしれない。それをいちいち気にしたり、心が折れたり、恐れてシャットアウトするのは自分のためにならない。今のうちから味わうことが、必ず本番につながると思っています」
選手にはさまざまなタイプがあり、競技外の世界とかかわらないようにして、結果を残すアスリートもいる。カヌーの顔は真逆。人気と表裏一体の有名税を、正面から受け止める。
「自分の記事に対するインターネットのコメント欄って結構、辛らつなんですよね。いいことと悪いことは半々くらい。グサッと刺さる時は何回も…。でも、見ないとダメ。ちゃんと受け止めないと、不意に誰かに何かを言われたときにビックリしちゃいますから」
06年からスロバキアで生活をしてきた。カヌー大国での生活が、雑音に対する考え方の原点になっている。
「スロバキアでは、銀メダルでも批判をされます。ずっとトップにいると批判もねたみも受けます。コーチ(ミラン・クバン氏)とは、“うまくいかない時に厳しい声が出る。その声を受け止める強さを身につけよう”という話をしています」
その一方で、人一倍ファンを大切にしている。スラローム全日本大会(富山)はこの2年、観戦希望者が多いため抽選になった。競技後、観客席に足を運び、当選した100人に対して声を張り上げてお礼を伝えた。
「それはもう、お願いをしても来てもらえなかったカヌーの大会ですから。遠いところに足を運んでくれるありがたさは、誰よりも感じています。競技を知ってもらうというのは、マイナー競技の人間の夢ですから」
来夏以降に、13年住んだ東欧の第二の故郷を離れ、日本で練習を積む。新設される五輪コースの流れに慣れるためだ。昨年の世界選手権は7位。改めて証明した実力の高さに、地の利を加え、「1面級」の成績につなげる作戦だ。全てはカヌーを知ってもらうため。悪評にも耳を傾けるタフな男なら、どんな激流も手なずけられる。
≪競技が“身近”欧州勢の強さが目立つ≫欧州勢の強さが際立つ種目だ。五輪ではこれまでフランスが金4個で最多。羽根田が移り住んだスロバキアは、金2個でいずれもマルティカンが獲得している。マルティカンは、ハネタクの憧れの存在で、メディアの批判や周囲の雑音に立ち向かうお手本になった人物。羽根田によると、強豪国には人工コースが多くあり、カヌーを身近に親しめることが強さの秘密になっているという。欧州勢が幅を利かせる種目だけに、リオでつかんだアジア勢初のメダルは価値がある。
▽カヌー・スラロームカナディアンシングル 片側に水かきのついたパドルを使って変化に富んだ流れのあるコースを下り、速さとゲートを通過する技術を競う。人工コースで争う。緑のゲートは上流から下流に、赤のゲートは下流から上流に向かって通過する。ゲートを通過できなかったら1ゲートにつき50点、ゲートに接触したら2点の減点が科せられ、1点=1秒でゴールタイムに加算される。カヌーは、「スラローム」と「スプリント」に分かれ、後者は定められた直線のコースでタイムを競う。
▽東京五輪のカヌー・スラローム 会場は、葛西臨海公園(東京都江戸川区)の隣接地に新しく整備される国内初の人工コース。大会後は水上スポーツやレジャーに活用される。19年世界選手権で各国出場枠が決まる。日本代表の選考は、各大会の成績をポイント化し、得点が高い選手が選ばれる案が検討されている。
◆羽根田 卓也(はねだ・たくや)1987年(昭62)7月17日生まれ、愛知県豊田市出身の31歳。元選手の父・邦彦さんの影響で、衣丘小4年で競技を始める。朝日丘中から杜若高へ。卒業後にスロバキアに渡り、コメニウス体育大、同大学院で学ぶ。五輪は北京予選落ち、ロンドン7位、リオ銅。ロンドン後にスポンサーを失い、履歴書を送付してミキハウスの支援を取り付けた。歴史書籍を好み、新選組の土方歳三の生き方に共感。1メートル75、70キロ。
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