銃声が消えない米国社会 スポーツ界にも忍び寄る影 今何をすべきなのか?

[ 2018年12月4日 08:00 ]

スティーラーズをけん引するQBロスリスバーガー(AP)
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 【高柳昌弥のスポーツ・イン・USA】NFLスティーラーズのクオーターバック(QB)、ベン・ロスリスバーガー(36)のシューズには「Stronger than Hate(憎悪に勝る)」と記されている。きっかけは10月27日に米ペンシルベニア州ピッツバーグで起きた乱射事件。身柄を拘束された46歳の白人、ロバート・バウアーズ容疑者は「シナゴーグ」と呼ばれるユダヤ教の礼拝所に3丁の拳銃と1丁の自動小銃を持ち込んで乱射し、礼拝所にいた11人が死亡、警官4人を含む6人が負傷した。

 バウアーズ容疑者は事件を起こす前に反ユダヤ人的な個人的な意見をソーシャルネットワークに投稿していたが、事件後の社会の反応は二極化している。

 ひとつは被害に遭った人たちへの同情。そしてもうひとつは「ヘイト化」した動き。それはユダヤ系の人たちを支持地盤にしているトランプ大統領への抗議行動とも受け取れるのだが、そのユダヤ系の団体でさえも「言葉は大切だ」として指導者の姿勢を正そうとする動きが出てきていた。

 実際、トランプ大統領が事件現場となったシナゴーグに到着するとユダヤ系の人たちが抗議のデモ行進が行い、米国が抱える病巣がそこに見え隠れしていた。

 憎悪に勝るもの。それは「言葉」であり「愛」…。ユダヤ系米国人の1人、ロスリスバーガーにとっては、容しゃのない銃弾と思慮にかける言動によって社会がバラバラになることが耐えられなかったのだろう。彼は今、複雑な気持ちを抱きながらシーズン終盤戦を戦っている。

 NFLペイトリッツに所属するワイドレシーバー(WR)、ジュリアン・エデルマン(32)はAP通信の取材に「今、起こっていることは不愉快だ。自分が誰なのかであることには誇りを持っている」と答え、イスラエルを象徴する「ダビデの星(六芒星)」が入った帽子をかぶって、犠牲者たちに哀悼の意を示した。

 北米プロスポーツ界で活躍するユダヤ系の選手にとっては立ち位置が難しい1年となった。2年前には警官による黒人射殺という事件が多発。それがNFL49ersのQBだったコリン・キャパニックらの国歌斉唱時の“ニーダウン”という行為につながった。

 キャパニックが膝をついたのはスタジアムに掲げられた星条旗に抗議したのでも、その旗の下で国のために戦っている兵士に背を向けたものでもない。自分と同じルーツを持つ人たちが命を軽視されることに対して憤りを感じてのパフォーマンスだったはずだが、いつしかこの行為は「国家への侮辱」ととらえられ、共感と反感が同時に芽生えて社会が二分される事態となった。

 トランプ大統領はヘイト・クライム(憎悪犯罪)の原因をフェイク・ニュースを伝えるとしているメディアに押し付けているが、果たしてそれは正論なのだろうか?ピッツバーグでは犠牲になったユダヤ系の人たちから言葉の大切さを諭されたのだが、社会を飛び交う銃弾は米国内のいたるところで人間の命を奪い続けている。

 渡辺雄太(24)が所属しているNBAグリズリーズの控えフォワード、オムリ・キャスピ(30)はイスラエルの出身だが、自分の顔写真の上に旧ナチスのシンボルだったカギ十字が描かれているのを見たことがあるという。NFLカージナルスの新人QBジョシュ・ローゼン(21)もロスリスバーガー、エデルマン同様にユダヤ系米国人。「多く人は自分が差別主義者だとは思わない。でもそれでいて時々、感情的になってしまう」と社会に対する不安を訴えていた。

 目立たないが気になる“事件”もあった。NBAヒートのセンター、ハッサン・ホワイトサイド(29)が愛車ロールスロイスのカギをかけ忘れて盗難事件に遭った。盗まれたのは自動小銃。彼は銃所持の免許を持っているので違法ではないが、殺傷能力のある武器に対する注意と責任があまりにも欠如していやしないかと驚いてしまった。

 幸い犯人が運転していたと見られる盗難車の中で発見されて無事に戻ってきたが、一歩間違えば重大な事件につながった恐れもあり、本人はチームを通して反省のコメントを発表。しかし銃への意識が希薄になっている一端を彼の“うっかり”の中に垣間見たような気がした。

 1980年12月8日。元ビートルズのジョン・レノンはニューヨークの自宅で凶弾に倒れた。当時40歳。翌日の新聞でその死を知った私は、駅の売店で新聞を買ったあとショックでしばらく動けなかった。

 あれから38年。「天国も地獄も国も宗教ない。難しくないでしょう。世界はひとつになれる」と彼自身が歌ったように想像してみるが、スポーツ界だけを見てもその言葉が重くのしかかってしまう。銃社会を背景にして双方向的に広がりを見せている憎悪と犯罪。「殺す理由も死ぬ理由もない」はずの社会が21世紀になっても迷走している。

 どれほど彼が言葉を選んであの曲を作ったのか…。歌詞の行間すべてに「Stronger than Hate」が漂うあの名曲が、世界各地で鳴り響く日がまもなくやってくる。

 ◆高柳 昌弥(たかやなぎ・まさや)1958年、北九州市出身。上智大卒。ゴルフ、プロ野球、五輪、NFL、NBAなどを担当。NFLスーパーボウルや、マイケル・ジョーダン全盛時のNBAファイナルなどを取材。50歳以上のシニア・バスケの全国大会には8年連続で出場。今年の東京マラソンは4時間39分で完走。

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