貴景勝 史上6番目の年少記録で初優勝「笑う必要ない 力士だから」

[ 2018年11月26日 05:30 ]

大相撲九州場所千秋楽 ( 2018年11月25日    福岡国際センター )

千賀ノ浦親方(右)、貴ノ岩(後列左から2人目)らが笑顔な中、立派なタイを持ち上げる貴景勝(撮影・岡田 丈靖)
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 小結・貴景勝(22=千賀ノ浦部屋)が平幕・錦木(28=伊勢ノ海部屋)をはたき込み、2敗で並んでいた大関・高安(28=田子ノ浦部屋)が敗れたため、初優勝を飾った。元貴乃花親方(元横綱)の教えを胸に、今場所から移籍した千賀ノ浦部屋で初賜杯。22歳3カ月での初優勝は元横綱・若乃花(当時・若花田)に次ぐ史上6番目の年少記録となった。殊勲、敢闘賞も受賞した若武者は来場所以降、“貴魂”を継承し大関獲りに挑む。

 結びの一番が流れるテレビに背を向けた貴景勝に、兄弟子・貴ノ岩が近寄り抱き合った。高安が敗れて優勝が決まった支度部屋で、仲間は歓喜の笑み。だが、22歳の表情は変わらなかった。賜杯を抱えて家族と万歳した時も「笑う必要ない。うれしいのはうれしいけど、力士だから」。ポーカーフェースを貫く姿は前師匠の元貴乃花親方譲りだった。

 決戦前夜。「寝たけど寝てないみたいなもん」。無意識を装っても「弱い自分」が緊張を誘う。土俵下でも緊張し、仕切りで手をついた時も「どこか分からないけど震えていた」と振り返る。重圧で、最初の立ち合いは突っかけた。2度目で成立したが、力が伝わらず錦木に寄られて足が滑った。「駄目だと思った」。前に泳ぐ体を、強じんな下半身で支えて逆襲。幕内では2番目に小さい1メートル75の体で賜杯を抱え「もっと重いのかと思った」と実感を口にした。

 初の休場が転機だった。新三役の初場所で負け越し、春場所で右足を痛めて11日目に休場。5日間の入院生活で「相撲中継を見れなかった。取り残された気分になった」と心が痛んだ。相撲がやりたくてもできない。番付が落ちる危機に焦ったが、「この気持ちを忘れてはいけない」と力に変えた。

 入院中に電話をくれた前師匠が、退院後は全面的に支えてくれた。相撲を取る稽古の後、ぶつかり稽古40本。巡業の土俵下では、前師匠がまわしをつかみ負荷をかけての四股。「あれで重心が低くなった。そう思わなかったらやってられない」と下半身を徹底して強化。「前の師匠は新入幕の時にケガして十両に落ちたから、俺に同じことをさせたくないと。それ、分かってたから」と思いを胸に再出発した。

 復帰後は2場所連続で10勝して三役復帰。だが秋場所後、師弟関係が突然終わった。日本相撲協会を退職する前師匠が会見した9月25日の朝、「おまえら千賀ノ浦部屋に行け」と伝えられた。涙する力士もいたが「考えて考えて出した結果。真っすぐしか見てなかった」と目をそらさなかった。

 その2カ月後に最高の結果を出し「おかげさんで優勝できました」と前師匠に報告した。先場所と合計22勝。大関昇進の目安は残り11勝だ。「(優勝は大関獲りの)プラスになりますね」と阿武松審判長(元関脇・益荒雄)。大関、横綱を目指すこの先も、胸に刻まれた“貴魂”は消えることはない。

 ◆貴景勝アラカルト

☆生まれ 1996年(平8)8月5日生まれ、兵庫県芦屋市出身の22歳。出生時の体重は2800グラムで、現在170キロ。身長は中学3年間で15センチ伸びたが、1メートル75どまり。大翔丸に次ぎ幕内2番目に低い。1メートル70台のVは98年九州場所の琴錦(1メートル77)以来20年ぶり。

 ☆しこ名 前師匠、元貴乃花親方が好きな戦国武将の上杉謙信の後を継いだ上杉景勝から命名。

 ☆出会い 小4時に貴乃花部屋キッズクラブの相撲教室に参加。親方と出会い、その時に入門を決意。

 ☆アマ歴 4歳から極真空手を学び、小3から相撲。小5でわんぱく相撲全国2位。兵庫・報徳学園中3年で中学横綱。埼玉栄高では世界ジュニア選手権V、全日本ジュニア無差別級連覇。

 ☆栄養マニア 愛読書は栄養学や生理学の本。枕元には約20種類のサプリメントが並ぶ。場所中は1日平均10個、多い日は15個の卵を食べる。マイブームは温泉卵。

 ☆家族 父・一哉氏と母・純子さん

 ☆好きなタイプ モデルの堀田茜

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