体操・谷川兄弟の“原点” 基礎重視の倉島コーチの下で着地、着地…反復練習が生んだ正確さ

[ 2018年10月10日 11:00 ]

2020 THE STORY 飛躍の秘密

谷川航(左)と翔
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 体操ニッポンの未来を担う兄弟は、いかにして武器を手に入れたのか。世界選手権(25日開幕、カタール)代表の谷川航(わたる、22=順大)、弟で史上最年少全日本王者の翔(かける、19=同)が体操を本格的に始めたのは、ともに小学1年の時だった。千葉県船橋市、自宅に近い健伸スポーツクラブ。正しい姿勢での反復練習が、正確な着地の礎だ。

 学校から帰宅すると、お菓子を頬張り自転車に飛び乗った。ペダルを踏む足に力が入る。子供にはきつい坂を一気に上った。1人の時もあれば、2人の時もあった。早く体を動かしたいから、早く次の技にチャレンジしたいから、目的地へ急ぐ。それが小学、中学時代の谷川兄弟の日常だった。

 航と翔が通った健伸幼稚園に健伸スポーツクラブは隣接する。同クラブでの体操コースは小学1年から参加可能で、2人は小学校入学と同時に本格的に競技を始めた。倉島貴司コーチ(51)には、今も色あせない印象が刻まれている。同コーチの長男・大地(21=順大)が航と同学年だったことも理由の一つだが、小学1年の航に“完敗”を喫したことがあるからだ。

 より長く倒立姿勢を保った方が勝者となる“倒立競争”で、航は高いポテンシャルを見せた。幼稚園時代から俳優のショー・コスギが塾長を務めるアクションスクールの「ショー・コスギ塾」に通い、既にバランス感覚は抜群。倒立開始から3分が経過し、先に音を上げたのは倉島コーチだった。「小学1年に負けることなんてないと思っていたのに。あれ以来、子供と張り合うのはやめた」と笑いながら回想する。

 兄は寡黙で、弟は明るかった。「航は聞いたことには答えるけど、自分から話したりすることはあまりなかったかな。負けず嫌いを内に秘めるタイプ。翔はよく話して、いろんな人とコミュニケーションを取っていた。周りから“可愛い、可愛い”と言われていた」と倉島コーチ。性格は正反対だが、「航も翔も小さくて、すばしっこかった」と早くから運動能力の高さが目立っていたのは同じだった。

 倉島コーチは順大出身で、谷川兄弟の大先輩にあたる。両肩の故障に苦しみ、現役時代の実績は「全日本種目別選手権の鉄棒で決勝に残ったことくらい」。26歳で指導者になった同コーチが最も重要視するのは基礎だ。「適当な土台をつくると、真っすぐに建物は建たない。ちゃんと基礎を教えると、上に積み上げていくのが簡単になる」。日々のトレーニングの中で、一番時間を割いてきたのが着地だった。

 跳馬や跳び箱から、正しい姿勢を意識しながら飛び降りる。「着地を止めるためにはバランスが大事。背筋を伸ばしてしゃがむイメージ」と倉島コーチ。ジャンプからの着地を10回成功させると、次は宙返りからの着地を10回だ。うまくいかない時は着地の練習だけで1時間を超えた。航が「着地の姿勢を何度も何度も繰り返すことで身についた」と言えば、翔も「反復練習をして良かった」と振り返る。

 正確無比な着地は内村航平(29=リンガーハット)も認める。昨年の全日本選手権決勝で、航は好演技を披露。「全種目着地を止めた。だから、着地は僕の代名詞じゃなくなったかなって感じがあった」と内村が話したほどだった。今年の全日本種目別選手権の予選の跳馬では、大技の「ブラニク」を完璧に成功。決勝の床運動でも着地を武器にハイスコアをマークし、世界選手権代表入りにつなげた。

 翔は今年の全日本選手権個人総合で大ブレーク。内村の連覇を10で止め、19歳2カ月の史上最年少で日本一に輝いた。美しい技のさばきに加え、着地でも減点を最小限にとどめたのが戴冠の要因だ。NHK杯は最終種目の鉄棒で落下。全日本種目別で死力を尽くしたものの世界選手権代表入りを逃し、アジア大会でもやや精彩を欠いたが、悔しい経験が未来への糧となる。

 健伸スポーツクラブでの練習は、学校が休みの日は6〜8時間にも及ぶ。その中で、着地とともに倉島コーチが重視してきたのは、技を詰め込むこと。「なるべく早いうち、中学のうちには最低限入れないといけない技を教えてしまう」とし、「高校で技を覚える練習だけをやると、試合に勝つためのことを考える時間が減る。だから中学生のうちに詰め込んじゃった方がいい」と説明した。

 谷川兄弟は千葉・市船橋高に進学し、倉島コーチの元を離れた。航は3年時に全国高校総体の個人総合で、白井健三(22=日体大)を抑えて優勝。翔は高校時代は腰痛に悩まされたが、3年時に全日本選手権で10位に入り「結構凄いと思う」と自賛し、全日本ジュニアを制した。順大進学後の活躍は、先に記した通りだ。

 小中学生時代につくられた堅固な土台の上に高校、大学の指導者の的確なコーチングが加わる。周囲に恵まれ兄弟が続けてきた努力は、夢舞台で実を結ぼうとしている。

 航「兄として、弟には負けられない。2人で教え合って高めていくことで、東京五輪に出られる可能性が高くなる」

 翔「兄弟で東京五輪に出られたらいいけど、僕がまず頑張って、あとはお兄ちゃんに頑張ってもらう」

 胸を高鳴らせ健伸スポーツクラブを目指していたあの頃から、時は流れた。地元の体育館で始まった物語は、TOKYOへ。成長した兄弟は今、同じ黄金の夢を追っている。

 ≪団体戦最後の切符懸けて≫ 航が代表、翔が補欠となっている世界選手権は、カタール・ドーハで25日に開幕する。団体総合でメダルを獲得すれば、東京五輪出場枠を得られる重要な舞台。航は個人種目のみの実施だった昨年の世界選手権に出場。「昨年は団体がなかったので、2回目の出場という感じではない」と言う。団体では得意の床運動、跳馬でハイスコアが求められる。2日に行われた試技会では大きなミスなくまとめ「細かいところを良くしていきたい」と話していた。

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