藤井快の逆転銀メダルを生んだ、掛け算方式のポイント採点と戦い抜く心

[ 2018年8月30日 10:30 ]

藤井快
Photo By スポニチ

 本人が「めっちゃ奇跡です。棚ぼた感、半端ないです。本当にふたを開けたら出てきた、みたいな」と苦笑いする傍らで、スタッフが「実力だよ、実力」と肩を叩く。20年東京五輪での実施が決まっているスポーツクライミング複合は、現在開催中のアジア大会(インドネシア・ジャカルタ、パレンバン)でも初めて行われ、男子は日本の藤井快(こころ、25=TEAM au)が銀メダルを獲得した。

 率直な感想にうなづけないわけではない。速さを競うスピード、4つの課題に挑むボルダリング、到達高度を競うリードの3種目で行われる複合で、藤井は最終種目のリードを残して6人中5位だった。この時点で金メダル争いから脱落しており、銀メダルの可能性もわずかに残すのみ。それもいわゆる「自力」では届かない状況だった。それでも完登者が出なかった難易度の高いリードで、最も高いホールド(突起物)まで高度を稼ぎ1位に。3人をごぼう抜きしてみせたのだ。

 複合種目に妙味を加えるのは、何と言っても3種目の順位を掛け算してポイントを算出する点だろう。もちろん、ポイントが小さい方から上位となるのだが、藤井はスピード5位、ボルダリング3位、リード1位で15点。今年6月の複合ジャパンカップで初代王者となり、予選もトップ通過だった楢崎智亜(22=TEAM au)は同じく4位、2位で2種目を終えて3位だったが、リードが2位で16点。わずかに1点、藤井が日本の第一人者をかわした。もし、多くの競技では当たり前の加算方式なら、藤井が9点、楢崎が8点。掛け算方式が逆転ドラマを生んだと言っても過言ではない。

 スポーツ競技としてのクライミングの歴史は浅く、1989年に初のW杯が開催され、今年がまだ30年目。複合は五輪採用が決まったことで国際連盟がルールづくりに着手したほどで、今年9月の世界選手権(オーストリア・インスブルック)では初実施となる。掛け算方式の特徴は今回の例からも分かるように、1つでも秀でた種目があれば、上位進出の可能性が高まるところ。東京五輪でも最後の最後にどんなどんでん返しが生まれるか、興味は尽きない。

 ただ、藤井の逆転銀メダルを生んだのは、そんな計算方式だけではなかったことは強調しておきたい。例を取れば1種目目のスピード。予選結果は決勝進出者6人の中で、唯一の8秒台と最下位だった。決勝の1回戦でも中盤でミスを犯し、カイブリン(カザフスタン)に敗戦。それでもさじを投げずにゴール(13秒046)したことが効いた。続く1回戦2レース目で藤井よりも持ちタイムの速い香港の選手が落下。最下位を覚悟していたところ、5位を拾った。もし6位だったら、最終ポイントは18。楢崎を超えられなかった。

 振り返れば予選も、初日のスピード17位に表情を曇らせながらも、そこからはい上がった。得意のボルダリングは決勝で楢崎と韓国選手が4完登したのに対し、藤井は1完登での3位。内容が順位に反映されないとはいえ、この時点で緊張の糸が切れていてもおかしくない状況だった。

 最後まで力の限り戦い抜く。藤井が示してくれたのは、そんな当たり前のようで忘れがちな心構えの大切さだった。(阿部 令)

続きを表示

2018年8月30日のニュース