人気作家の故郷が渡辺雄太の過ごす場所 州境で始まる新たなドラマ

[ 2018年7月28日 09:00 ]

グリズリーズと2−WAY契約を交わした渡辺雄太(AP)
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 【高柳昌弥のスポーツ・イン・USA】我が家の小さな書棚には「奇跡のタッチダウン」という上下巻の二冊(2007年刊)が並んでいる。NFLで大きなミスを犯したダメなQBがイタリアで再起するストーリー。原題は「PLAYING FOR PIZZA」で、「報酬はピッツァとワインで」という副題がついている。安易に訳した邦題にはとても不満があるのだが、スポーツ系の小説としてはそれなりに楽しめると思う。

 著者は「評決のとき」「ペリカン文書」「ザ・ファーム」「依頼人」など法廷サスペンスでおなじみのジョン・グリシャム氏。著者自身が高校時代にアメフトのQBだったのでちょっと筆が“横道”にそれたという感じもするが、また折を見て読み返してみようと思う。

 なぜなら今年の2月で63歳となったグリシャム氏の故郷はミシシッピ州サウスヘイブン。そこはNBAグリズリーズと「2―WAY契約」を締結した渡辺雄太(23)とはやがて深い関係になる場所なのだ。

 グリズリーズと提携している傘下のマイナーチーム(Gリーグ)は「メンフィス・ハッスル」だが、テネシー州のメンフィスと名乗っておきながら?本拠地は州境をはさんで南に位置しているサウスヘイブン。メンフィス国際空港まではわずか10キロで、メンフィスのダウンタウンまでも23キロしか離れていないので、まさに隣り合わせの町だ。

 グリシャム氏が過ごした高校時代までと違って、この町は急成長。広さは東京23区でいうと大田区と練馬区を併せたくらい(108平方キロ)で人口は5万人をちょっと超えた程度だが、それでもミシシッピ州としては3番目に大きな都市になった。市の公式サイトを見ると、中央にクラブハウスを配したグラウンドが4面もある野球場があり、スポーツに対する意識は高いようだ。

 26チームで構成されるGリーグ(旧Dリーグ)からは毎年、多くの選手がNBAに昇格。マイナーとメジャーの重複契約となる「2―WAY」からNBAに定着する選手もいる。もちろん夢を果たせず去っていく選手もいるが、渡辺には前者であってほしいし、そうなれるだけの力は持っていると思う。ネッツの一員として参加したサマーリーグでも“メジャー”で生きていける可能性を漂わせていた。

 ただ重複契約ゆえ、NBAにいられるのは今季45日間のみ。そうなるとサウスヘイブンで過ごす時間の方が多くなる。そうなったとき、選手に一番必要なのは地元ファンからの声援だと思うが、昨季Gリーグに誕生したばかりで21勝29敗で西地区ミッドウエストの最下位に終わったチームにどの程度のサポートが市民から寄せられるのかはわからない。しかし最下位だったからこそ渡辺にはチャンスがあるはずで、このチームを上に押し上げれば、グリズリーズのレーダーにとらえられるのはさほど難しくはないだろう。

 メンフィスと言えば、かのエルビス・プレスリーの豪邸「グレイスランド」や、1968年に凶弾に倒れたキング牧師の定宿があったことで有名だが、もしここを訪れるのであればぜひ南へ足を伸ばしてみよう。ハッスルの本拠地は8362人収容の「ランダース・センター」。「サウスヘイブンの人気スポット」というネット内のランキングでは3位に入っている。もちろんメンフィスにあるグリズリーズの本拠地「FedExフォーラム」は収容1万8000人なので小ぶりな感はあるが、マイナーチームのアリーナとしては立派な施設だ。

 歴史のあるメンフィスと違って都市開発が進む地域とあって人気スポットの1位は「リベレーション・エスケープ・ルームズ」。「???」と首をひねった方はぜひ現地で自分の目で確認してほしい。目隠しと手錠をされた状態でさまざまなヒントと道具を駆使して1時間以内に脱出するという娯楽施設なのだとか…。筆者は“脱出経験”がないのでこれ以上はわからない。なのでハッスルの試合を観戦する方にぜひ「追跡ルポ」をお願いしたいところだ。

 とにかく渡辺選手の新たな戦いは、ドラフト指名という理想型ではなかったにせよテネシーとミシシッピの州境で始まることになった。グリズリーズ昇格を果たせば、2004年の田臥勇太(当時サンズ=現栃木ブレックス)以来、史上2人目の日本人NBA選手が誕生することになる。これはなかなかのストーリーだと思うし、本人の頑張りとサウスヘイブンのサポートが融合すれば、この町に大きな変化が起こるのでは?とも考えている。

 そこでどうだろう。1冊の本にしてみては…。今度はノンフィクションだが、スポーツ系の前作よりかなりドラマチックな作品になるのではないでしょうか。あ、聞いてますか?グリシャムさん!

 ◆高柳 昌弥(たかやなぎ・まさや)1958年、北九州市出身。上智大卒。ゴルフ、プロ野球、五輪、NFL、NBAなどを担当。NFLスーパーボウルや、マイケル・ジョーダン全盛時のNBAファイナルなどを取材。50歳以上のシニア・バスケの全国大会には7年連続で出場。今年の東京マラソンは4時間39分で完走。

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