W杯5季ぶりV、杉本怜は異色の理系クライマー

[ 2018年6月11日 16:52 ]

5季ぶりにW杯を制した杉本は成田空港で笑みを浮かべた
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 スポーツクライミングのW杯ボルダリング第6戦で13年以来、5季ぶりの優勝を飾った杉本怜(26=北海道連盟)が11日、開催地の米コロラド州ベイルから成田空港に帰国した。

 「5年前の優勝は若くてラッキーだった。勢いづいてステップアップしようと思ったのに、大変な時期もあって。リハビリのことを考えるとホントに長い道のりだった」

 W杯初優勝を飾った翌年の14年、大会中に左肩を脱臼。手術をせずに休養して15年に復帰したが、納得の結果には程遠く、16年5月に患部の手術に踏み切った。3カ月はクライミングから完全に離れ、体幹トレーニングなどに取り組んだ。再び実戦に戻ってきた17年はW杯ナミムンバイ大会で2位。今季は第4戦で4位、八王子開催の第5戦で3位と着実に結果を残し、第6戦での戴冠につなげた。

 北海道札幌市出身。小学3年の時、北海道大獣医学部の教授を務めた父の千尋さんと一緒にスポーツクライミングを始めた。杉本は高校生でW杯に出場する実力を身につけ、早大理工学部に進学。クライミングに打ち込むのは大学卒業まで、と決めていたが、大学3年時のW杯優勝が人生を変えた。「もっとチャレンジしたい気持ちが出てきた」。大学卒業後はプロになることを決断し、就職活動はしなかった。

 両親は猛反対した。「プロになるんだったら、どういう風に生活していくのかプレゼンしなさい」と言われ、資料を作って必死に説得した。「その時は親に“甘い”と言われました」と杉本は苦笑いを浮かべるが、当時は想定していなかったことが起きた。16年8月、スポーツクライミングが20年東京五輪で実施されることが決定。業界の盛り上がりは今、確かな追い風になっている。

 ボルダリング、リード、スピードの複合で行われる東京五輪。「僕は今、ボルダリングしか強くない。リードとスピードも着実にレベルを上げて、五輪出場を目指して頑張っている」。卒論のテーマは「タンジェント位相板による被写界深度の拡大について」で、「写真を撮る時にピントを合わせられる幅をどれだけ拡大できるか、などの研究です」と説明する異色の理系クライマー。目の前の壁を1つずつ乗り越えた先に、今はおぼろげな夢舞台がきっと、明確に像を結ぶ。

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2018年6月11日のニュース