青のサムライ

[ 2018年6月6日 09:45 ]

記者会見に臨む関西学院大アメリカンフットボール部の鳥内秀晃監督(右)と小野宏ディレクター
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 【我満晴朗のこう見えても新人類】東京都世田谷区の日大アメリカンフットボール部グラウンドを取材のため訪れたのは1980年代半ばだったと思う。

 当時の監督はもちろん篠竹幹夫さん。監督室で約3時間ほどインタビューする間、20代半ばの筆者は終始緊張していた。世に名だたるカリスマ指導者。取材中に選手を怒鳴りつける様はまるで閻魔(えんま)大王だ。第三者である自分も完全に震え上がってしまう。冷や汗をたっぷりかいて場を辞す際、「ああ君。これを持っていきなさい」と紙袋を持たされた。

 なんだかズシリと思い。最寄りの下高井戸駅まで歩く最中に立ち止まり中身をのぞくと、篠竹監督の著書が5冊ほど入っていた。うち1冊は「アメリカンフットボール入門」。筆者の初心者ぶりがあっさり看破されたとため息をつく一方、こんなどうしようもない小僧記者にも愛するフットボールを知らしめたいという鬼監督の情熱もしかと感じた。帰宅後に熟読したのは言うまでもない。

 その篠竹監督、試合後の取材では自軍選手を褒めないことで有名だった。どんなに楽勝と思えるスコアでも「だめだな」「なってない」「まだままだ弱いよ」そして「うちの選手には根性がない」を口癖のように繰り返す。もちろん、こんなレベルで満足するんじゃないぞという教え子たちへの熱いメッセージなのだが。

 横浜スタジアムで行われた春の定期戦でのこと。相手は立命館大だったか関大だったか、完全に忘れた。もしかしたら関学大(!)かもしれない。例によって大勝し、サイドラインから引き揚げる指揮官を筆者を含む数人の担当記者が囲んだ。相変わらずの厳しいコメントを連ね、やはり「うちの選手には根性がないんだよ」と締めた直後。突然取材陣の1人を指さし、こう言った。

 「君は違った。君ほどの根性を持った選手はいない。君こそ本物のサムライだ」

 視線の先にいたのは当時朝日新聞の運動部記者だった小野宏さん。関学大の一員として日大との名勝負を繰り広げた名QBだ。鬼軍曹の表情には、かつての好敵手に対する敬慕の念がたぎるようにほとばしっていた。

 あれから30余年たつ。敵将から「君こそサムライ」と絶賛された小野さんは母校のディレクターとして活躍しているのはすでにご存じの通り。今回の騒動では心ならずもライバルを紛糾する立場になってしまった。皮肉な話だ。

 日本における学生米国蹴球の黄金カードはもう見られなくなってしまうのだろうか。「アメリカンフットボール入門」でこの競技の魅力に取りつかれた元小僧記者は成り行きを見守るしかない。(専門委員)

 ◆我満 晴朗(がまん・はるお)1962年、東京生まれの茨城育ち。夏冬の五輪競技を中心にスポーツを広く浅く取材し、現在は文化社会部でレジャー面などを担当。時々ロードバイクに乗り、時々将棋の取材もする。

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2018年6月6日のニュース