大事なのは勝利より育成 合計197キャップの3名手が開く小学生ラグビー教室に潜入

[ 2018年5月31日 13:45 ]

低学年クラスを指導する(左から)小野沢さん、菊谷さん、箕内さん
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 子どもたちは確かに、よくしゃべり、よく動き、よく笑っていた。

 開校したばかりのウワサの小学生向けラグビーアカデミーを、5月30日にのぞいた。ラグビー元日本代表のフォワード箕内拓郎さん(42)、バックス小野沢宏時さん(40)、フォワード菊谷崇さん(38)が主催する「ブリングアップラグビーアカデミー」は、東京都調布市の人工芝フットサル場を拠点とする。生徒は、週末にラグビースクールに通う子どもが中心。平日の受け皿になるように、低学年、中学年、高学年の3クラスに分けて、水、木の週2日、有料でレッスンをしている。コーチ陣の日本代表キャップ数が合計197という超が付く豪華なラグビー塾だ。

 ただし、「塾」という響きから来る堅苦しさは一切ない。「作戦ターイム」。小野沢さんの声が響くと、1、2年生の低学年クラス7人は、肩を寄せてヒソヒソ話し始めた。

 反対側のタッチラインまで、決められた数のボールを運べばクリアというメニュー。ただし、そこには元ジャパンの3人がディフェンスとして立ちはだかる。ランか、パスか、キックか、誰をおとりにするのか、どうサポートに入るのか。ちなみに、パスは前に投げてもいい。まだ低学年。計画通りには決して進まない。でも、それでいい。自分たちで考え、話すことが大事な点だ。

 「集団で問題を解決する力、コミュニケーション能力、自分から話せる力、そういうものを養いたいと考えています。すぐには結果が出ないと思いますが、将来に結びつけば。ラグビーに限らず、人生で最高の選択ができるように、それをサポートできればと思っています」

 2011年ワールドカップ(W杯)で日本代表の主将を務めた通算68キャップの菊谷さんがアカデミーのモットーを口にした。リーダーシップ、協調性、考える力を磨くといった人間形成が大きな方針で、ラグビーにおける指導の幹は、状況判断能力を高めること。03、07年W杯の日本代表主将で48キャップの箕内さんは「HOW(どのようにして)やWHEN(いつ)といった判断力を身につけてほしい」と、熱を込める。適切なタイミングでパスを放る、どう動けばパスをもらいやすいかなどを気付かせ、身につけさせるのが狙いだ。どのチームにも何人かいる「センスがいい子」。天性の素質のように感じるそのセンスを、子どもたちの体に染みこませようという考えだろう。

 確かに、この日の練習は、パス、タックル、キックといった練習は一切なかった。ラダーやミニハードルなどを使った運動機能を高めるエクササイズはあるものの、技術練習は皆無。ボールを使ったゲーム的なメニューばかりだった。技術は、週末にそれぞれが通うスクールが教える。「ブリングアップ」は、その技術を引き出すための考え方や動き方を教えるイメージだ。棲み分けができている。

 「大学院でジュニアのラグビーを研究してきました。いろいろ試しながらやっています」

 W杯3大会連続出場で81キャップを誇る小野沢さんの表情は生き生きしていた。現役時代は“うなぎステップ”でトライを量産した名WTB。「ゲームなどで夢中になって体を動かしている時に多くのことを学ぶという論文もある。面白いゲーム設定をしてあげることが大事」という持論がフィールド内で体現されていた。与えられた課題をクリアしようと、子どもたちは頭も体も声も使う。メニューの一つ一つがチャレンジの連続。だから、楽しそうだ。

 小野沢さんと菊谷さんは大学院でコーチングを研究した理論派でもある。箕内さんは、トップリーグの日野でFWコーチを務め、世界の動向にも明るいバリバリのトップコーチだ。3者が、桜のジャージーを背負った経験にプラスして、最新のコーチング知識を吸収し、さらにそれをアレンジして発信をしている。実績と頭脳を有する元ジャパンに教わる各クラス7〜15人の子どもたちは、ぜいたくな70分を過ごしている。

 3年生の息子を通わせる渡辺有華さん(36)は「平日は自宅や公園でラグビーボールでじゃれあうぐらいでした。あとはプロ選手の動画を見ているとか。平日にラグビーができることがうれしいようです。毎回、楽しかったしか言いません」と愛息のラグビー意欲向上を実感している。4年生の息子を持つ田中佳子さん(45)は「ただ声を出すだけじゃなく、相手に伝えるにはどんな言い方をすればいいかも教わっています。ここに来るような意欲がある子は、各スクールでも中心的存在。そういう子がきつい言い方をすれば、他の子は萎縮しちゃいます。スクールに戻った時にプラスになると思います」と、きめ細かい指導を感じ取っている。

 「ブリングアップ」には「アイスホッケーアカデミー」もあり、日本代表前監督、鈴木貴人さん(42)が指導をする。氷上と陸上の異なる2競技は、指導者も生徒も連携しあって進んでいく計画だ。「他競技から学ぶことは多い。それは子どもたちもそうだし、コーチにも生きる」と小野沢さんは説く。菊谷さんは「ラグビー選手がコーチングを学ぶ場にしたい」というアカデミーの理念も説明した。ここは、子どもたちも、指導者を目指す大人も育てる場所なのだ。

 今後は栄養士、メディカルトレーナーなど各分野の専門家を呼んで講習会を開く。保護者も巻き込み、子どもが伸びる環境を作っていく。「こういうトレーニングが大事なんだと、子どもたちに早い段階から知ってもらえれば。将来、高いレベルでプレーができる土台作りをしてあげたい」と箕内さん。勝つことより、育てることに焦点を当てたラグビー塾。名選手だった3人の挑戦が始まった。(倉世古 洋平)

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2018年5月31日のニュース