日大アメフット部の不祥事で蘇った記憶 ペン州立大と日大の違い

[ 2018年5月21日 09:00 ]

19日、羽田空港で報道陣に囲まれる日大の内田監督
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 【高柳昌弥のスポーツ・イン・USA】ペンシルベニア州ステートカレッジの空港はペン州立大のキャンパスに隣接していた。近くには大学所有の広大な牧場とゴルフ場、さらに当時7万人以上を収容(現在は10万人)できるフットボールのスタジアムがあって、キャンパス内では点在する校舎を移動するためのバスが運行されていた。

 1990年。私はこのローカルでかつ巨大な大学のフットボール・チームを取材するためにカメラをかついで大学しかない?町の中をウロウロしていた。地元メディアのリクエストが多いので選手へのインタビューはなかなかうまくいかない。スポーツ情報局のディレクター(SID)に日本から持ってきた風呂敷をプレゼントして取材を申し込み、バスケットボールなどを含めた全競技を管轄する体育局長(アスレチック・ディレクター=AD)には扇子を携えて面会したが結局、当時チームを率いていたジョー・パターノ監督への単独インタビューは実現しなかった。

 生徒数は4万人以上。キャンパス同様に組織も大きいのだ。ひとつの案件をクリアするには多くの人脈に接触する必要がある。もちろん訪れた大学の中にはとてもフレンドリーで「日本から来られたんですね。ようこそ。自由に取材してください」といきなり“フリーパス”をくれるところもあったが、ペン州立大には“お土産戦術”は通じなかった。

 SIDは選手の経歴や成績などを織り込んだメディアブックの作製のほか、選手の生活全般の面倒を見たり、取材を申し込んでくるメディアとの窓口となっている。「選手の性格を知るにはまずSIDからオフレコで情報を仕入れること」。インターネットのない時代、各地を訪れて取材を始める際、これが私にとって最初の業務となっていた。

 フットボールで得る放送権料などの収入は大学の予算も左右するだけに、ADクラスになるとスポーツだけでなく“錬金術”に関する知識と能力も要求される。全米有力校のADの経歴を見ると、かなりの確率で「要約すると私はエリートです」と行間から語りかけてくる。「何もかもここはデカくて、お偉いさんがいっぱいいるな…」。それがペン州立大を訪れたときの感想だった。

 2011年11月。シーズン無敗5回、全米王座2回、ボウルゲーム出場37回(うち24回勝利)を誇っていた名将パターノ監督が「今季限りで辞任する」と言い出して騒ぎとなった。

 守備コーチが大学の施設に計8人の少年を連れ込んで性的行為を強要していたという不祥事が発覚。パターノ監督はアシスタント・コーチからその事実を知りされながら大学関係者に隠ぺい工作をしていたのだ。

 ペン州立大の理事会(Board of Trustees)は46シーズンにわたって大学に貢献していた指揮官の辞任を認めなかった。処分が甘いのではない。その対極なのだ。下した決断は「今季限りの辞任」ではなく即座の解任。学長、財務担当の副学長、そしてADも連帯責任を負わされてその職務を解かれた。守備コーチは15年もの間、蛮行を繰り返しており、52もの罪状を突き付けられて逮捕。その責任を組織で権力を持っていた当事者たちも負わされたのだ。

 処分は人事面だけにはとどまらなかった。報告を受けた全米大学体育協会(NCAA)はこの守備コーチが在任していた期間に記録した111勝をパターノ監督の記録から抹消。それまで歴代1位の勝利数を誇っていた名将が12位まで順位を下げた。2015年になって記録面での“復権”は認められたが、パターノ監督は肺がんのために2012年12月21日に85歳で死去しており、おそらく失意のうちのこの世を去ったのではないかと思っている。

 では、この事実をふまえながら日大の違法(異常?)タックルの顛末を俯瞰してみる。この案件ではペン州立大のように広範囲にわたる処分は必要ないかもしれないが、問題は監督としてだけではなく、大学の常務理事まで兼ねていた“権力者”がモラルを問われる不祥事を引き越した場合、諸悪の根源がどこにあったのかを判断して組織自体の透明性を高める「最上部機関」があったのかどうかだ。

 日大の場合、どうも権力絡みの“火災現場”への防火システムがないように思える。(日大だけではないと思うが…)。大きな建物には防火壁や防火扉やスプリンクラーがあってそれが延焼を防ぐはずだが、どれかひとつでも作動していれば違った結果になったかもしれない。あるいは気の利いたSID相当のスタッフがいれば、これほどまでに後手に回った対応にはならなかったはずだ。

 日大の選手が無防備だった関西学院大のQBを背後からタックルした時点で退場処分にしなかった審判の対応にも疑問は残る。ヘルメットで頭部を狙ってヒットしたり、エキサイトしての乱闘行為とは性質を異にする悪質な行為だ。何度も米国のカレッジ・フットボールとNFLの試合をグラウンドレベルで取材したが、私はこんな場面を見たことがない。それはたぶん多くのフットボール関係者とて同じだろう。

 多くの面でこの一件は考えさせられる問題を含んでいる。ただ問題視するばかりではなく、何か一歩前進できる糧(かて)にしてもらいたいとも思う。権力を分散させる、あるいは遮断する組織改革はまずその第一歩ではないだろうか?

 ◆高柳 昌弥(たかやなぎ・まさや)1958年、北九州市出身。上智大卒。ゴルフ、プロ野球、五輪、NFL、NBAなどを担当。スーパーボウルや、マイケル・ジョーダン全盛時のNBAファイナルなどを取材。50歳以上のシニア・バスケの全国大会には7年連続で出場。今年の東京マラソンは4時間39分で完走。

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2018年5月21日のニュース