仏の顔も三度まで?NBAラプターズの「非情の人事」に見る北米プロスポーツ界のきびしさ

[ 2018年5月13日 09:00 ]

ケイシー監督を更迭したラプターズのユジーリ社長(AP)
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 【高柳昌弥のスポーツ・イン・USA】カナダのトロントに本拠を置いているNBAラプターズのマサイ・ユジーリ球団社長は47歳。ナイジェリアの出身で、ナゲッツに在籍していた2013年には最も功績を残した球団フロントに贈られる「エグゼクティブ・オブ・ザ・イヤー」を受賞している。

 その人生はある意味、アメリカンならぬアフリカン・ドリームの象徴かもしれない。米国のビスマーク州立大(ノースダコタ州)に留学し、選手としては欧州を転々としてNBAの“門”を叩くことはなかったが、現在は年俸300万ドル(約3億3000万円)を稼ぐ組織のリーダー。マジック時代は無給のスカウトだったりもしたが、今や堂々たるキャリアを誇っている。

 おだやかな口調。見た目にはとても物腰が低く、言葉を選びながら自分の意見を述べるタイプの人間だと思う。米国のバスケットボール関係者が彼をいろいろなチームに紹介した背景には、人の意見に耳を傾けることで存在感を示すソフトな性格が受け入れられたのではないだろうか…。

 その温和な社長が自分より14歳年上で、年俸600万ドル(約6億5000万円)と自分の2倍のサラリーをもらっていたラプターズのドウェイン・ケイシー監督(61)を解雇した。

 どんなに高い年俸をもらっていても組織の中で権力を握っているのは監督ではなく社長、あるいはゼネラルマネジャーの方。それはどんなプロスポーツ界でも同じだ。

 ただしラプターズはレギュラーシーズンでチーム歴代最多の59勝(23敗)をマーク。今季の東地区では全体1位の勝率を残している。年間最優秀監督はファイナルが終了したあとの6月中旬に発表されるが、ケイシー監督はその有力候補の1人でもある。

 サラリーマン社会で考えてほしい。あなたは優秀な営業マンだ。部内での成績は年間でトップで社長賞も受賞。そしてある日、会社にやって来たら「君、悪いが辞めてくれ」と言われているのに等しいのだ。

 ここにNBAを含めたプロ・スポーツ界のきびしさが見え隠れしている。確かにラプターズは東地区の第1シードとしてプレーオフに進出したが、地区準決勝シリーズではホーム・アドバンテージを持っていたにもかかわらず、レブロン・ジェームズ(33)を擁する第4シードのキャバリアーズにスイープ(4戦全敗)されて敗れた。

 キャバリアーズにプレーオフで敗れたのは3年連続。しかも2年連続のスイープ敗退とあって、地元トロントのファンの期待を今年も裏切った。

 ユジーリ社長は会見でケイシー監督を解雇した経緯について「彼(ケイシー監督)が間違ったことをしたのではない。しかし我々は新しい何かを模索することを選択した。そういう時が来たのだ」と語っている。では行間の意味を再びサラリーマン社会に置き換えて読み取ろうと思う。つまりこの談話はこんな感じなのではないだろうか?

 「君の営業能力は認めよう。でも、あのライバル会社に肝心な取引を出し抜かれただろう。しかも3年連続だぞ。これは黙って見過ごすわけにはいかんのだ」。

 ユジーリ社長はかつて、自身の“部下掌握ポリシー”をこう語っていた。「その人がどう扱ってもらえれば居心地がよくなるのか?それを考えるのが私の役目。激しさとやさしさのバランスを探ることがリーダーシップだ」。

 たぶんケイシー監督はユジーリ社長からの解任通達に納得はしなかっただろう。「じゃ、何なんだよ。あの好成績は!」と怒鳴ってもおかしくないシチュエーション。しかしプロスポーツ界の経営者にとっては“線”よりも“点”が大事な案件もあるということなのだ。3年連続でキャバリアーズ、というよりはジェームズという怪物1人に煮え湯を飲まされたのでは、バランスを「激」の方向に持っていかざるをえなかったようだ。

 宗教は違うが(たぶん)「仏の顔も三度まで」というラプターズの球団社長による指揮官更迭。もっとも来季にラプターズがレギュラーシーズンでもたついた場合にはユジーリ社長の責任が問われるはずで、ラプターズを保有しているメープルリーフス・スポーツ&エンターテイメント社(MLSE)による同社長の“査定”はこれから活発化することだろう。

 カナダ・トロントで起こった非情の人事。さてある意味、有能な指揮官を失ったラプターズはこの先、どこへ向かっていくのか?悲願のファイナル進出までにはまだ時間がかかりそうな気配だ。(専門委員)

 ◆高柳 昌弥(たかやなぎ・まさや)1958年、北九州市出身。上智大卒。ゴルフ、プロ野球、五輪、NFL、NBAなどを担当。スーパーボウルや、マイケル・ジョーダン全盛時のNBAファイナルなどを取材。50歳以上のシニア・バスケの全国大会には7年連続で出場。今年の東京マラソンは4時間39分で完走。

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