伊達「有明コロシアムでグラフと長時間戦って勝利した試合 一番思い出深い」

[ 2017年9月7日 17:59 ]

引退会見で笑顔を見せる伊達公子 
Photo By スポニチ

 89年のプロ転向から最初の引退が96年、08年に復帰して合計16年以上のプロ生活を歩んできた伊達。引退会見で思い出に残る試合として挙げたものには、2つのキーワードがあった。それは「シュテフィ・グラフ」と「ウィンブルドンのセンターコート」。それはそのまま伊達のキャリアを彩ったキーワードでもあった。

 「90年代のファーストキャリアで思い出深いのは、この有明コロシアムでグラフと長時間戦って勝利した試合。一番思い出深い」

 96年4月に有明コロシアムで行われたフェド杯準々決勝のドイツ戦。前日の試合で左足を痛めていた伊達だったが、当時世界1位のグラフと大熱戦を演じた。

 「当時のグラフは断トツの強さで、あこがれというか、目標、あこがれと呼びたくても呼べないぐらいの存在感。真のアスリートだった」

 7―6、3―6、そして最終セットは12―10でグラフから初勝利を挙げ、日本選手としても世界1位を初めて破った歴史的白星となった。3時間25分のロングマッチとなったため、帰りの飛行機を予約していたグラフが間に合わずに帰れなくなったともいう。

 「それとやはり忘れられないのは日没サスペンデッドになったウィンブルドンの準決勝。今は開閉式の屋根があるが90年代にはなかったので、2日間に渡って戦った」

 フェド杯の激闘の2カ月後、ウィンブルドン準決勝で伊達は再びグラフと対戦した。第1セットを2―6で落としたが、第2セットを6―2で奪取。上げ潮ムードのところで日没順延で流れを断ち切られた。翌日の最終セットは3―6で落とし、日本人初の4大大会決勝はならなかった。

 08年の復帰後は「1つ1つがチャレンジの連続だった」というが、「強いて挙げるなら」と11年ウィンブルドンのビーナス・ウィリアムズ戦を選んだ。グラフ戦以来15年ぶりのセンターコート。外は雨が降り、2年前に取り付けられたばかりの開閉式の屋根を閉じての試合だった。40歳の伊達はビーナスのパワーに巧みに対抗したものの7―6、3―6、6―8で惜しくも敗れた。

 「現代のパワーテニスに展開の速さとネットプレーをミックスすることで対抗できた。日没サスペンデッドを経験した私が、時代を超えて屋根が閉まったウィンブルドンでプレーできたのは思い出深い。雨だったので、プレーヤーズラウンジやロッカーでも多くの選手やスタッフが試合を見ていて“素晴らしい”“リスペクトするよ”とたくさんの人が声をかけてくれた」

 1つ1つを懐かしむように語った伊達。長いキャリアの中で、これらの試合はファンや関係者の記憶にも深く刻まれている。

続きを表示

「羽生結弦」特集記事

「卓球」特集記事

2017年9月7日のニュース