NBA選手に適用された事実上の共謀罪 キャンターの過酷な現実

[ 2017年6月6日 09:30 ]

NBAサンダーのキャンター (AP)
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 【高柳昌弥のスポーツ・イン・USA】簡単に説明するとこういうことだ。「クーデターの首謀者はテロリストであり、支持者とその家族も同じ。だから刑事訴追の対象である」。強権を発動したのはトルコ政府。死者270人を出した昨年7月のクーデター未遂事件は、エルドアン現大統領と敵対するギュレン師(米国在住)を支持するグループの犯行であると断定し、彼らを“テロリスト”と認定したうえで5万人以上を逮捕している。

 さてそのギュレン師をずっと支持していたのがNBAサンダー(本拠はオクラホマシティー)に所属しているトルコ出身のセンター、エネス・キャンター(25)で、何度もギュレン師へのサポートを表明。有名なアスリートだけにその影響は大きかった。

 だが、これが予期せぬ事態を招く結果になった。キャンターは先月、ルーマニアを訪れた際に「旅券が失効扱いになっている」として入国を拒否され、やむなく英国ロンドンを経由して米国へUターン。トルコ政府は海外にいるギュレン師の支持派に対して圧力をかけるために旅券を一斉に失効扱いにしていると伝えられており、キャンターにもその手が及んだのだった。

 「彼(エルドアン大統領)は21世紀のヒトラーだ」という批判はさらにトルコ政府を怒らせたようで、今度は父メメット氏がイスタンブールの自宅で当局に身柄を拘束され、遠く離れた審問所へ移送。キャンターとメメット氏は政治的問題が原因でここ数年は絶縁状態で、本来なら今回の一件とは何の関係もなかったはずだが、トルコ政府にとってはキャンターに圧力を加えるためのターゲットになったようだ。

 審問所では取り調べの上で逮捕か釈放が判断されるが、キャンターは「父は拷問される可能性がある」と事態を憂慮。さらに「たとえ出産を終えたばかりの女性であっても、ギュレン師支持派の家族であれば逮捕されている」と母国の窮状を訴えており、トルコ国内の政情不安はおだやかなものではない。

 今、キャンターは米国籍の取得を希望している。永住権(グリーンカード)は持っているが無国籍では世界のどこにいても生きていくことはできないからだ。しかし取得までには数年かかるとみられており、NBA生活を送る上でも不自由な環境に置かれることになった。だからといって失効扱いになった旅券の再発行のために母国トルコに帰れば、たちまち彼もまた逮捕されることになるだろう。

 独裁色の強いリーダーがいわゆる共謀罪という“武器”を手にすると、自分に都合のよい政治的環境をつくり出すのはいとも簡単。キャンターが「テロ等準備」に関わったとはとても思えないが、大統領の悪口を言ったばかりに彼は今、窮地に立たされている。

 さてこの事件はあくまでトルコで起こったものであって、まさか日本では起こりませんよね?おっと、このもやもやした疑念を抱くこと自体がダメなんでしょうか…。キャンターの記事を書きながら脳裏をよぎったもうひとつの不安。「私は関係ない」と思う時代は、すでに終止符を打っているのかもしれない。 (専門委員)

 ◆高柳 昌弥(たかやなぎ・まさや)1958年、佐賀県嬉野町生まれ。上智大卒。ゴルフ、プロ野球、五輪、NFL、NBAなどを担当。スーパーボウルや、マイケル・ジョーダン全盛時のNBAファイナルなどを取材。50歳以上のシニア・バスケの全国大会に6年連続で出場。

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