新大関・高安 稀勢の十両昇進が転機 父とアポなしで鳴戸部屋へ

[ 2017年5月29日 09:00 ]

稀勢に続け 叩き上げ大関高安(上)

中学時代に同級生と写真に収まる高安(右から2番目)
Photo By 提供写真

 大関・高安が31日の臨時理事会を経て誕生する。スポニチでは「稀勢に続け 叩き上げ大関高安」と題し、その生きざまなどを3回にわたって紹介する。

 遠藤、正代、宇良、石浦。新大関・高安も本名にこだわる関取だ。10年秋場所後に十両昇進した時、当時の師匠・鳴戸親方(元横綱・隆の里)に対して父・栄二さんが「一族が高安のしこ名で相撲を取ってくれたらありがたいと言っています」と希望を伝えた。ルーツは大阪府八尾市高安地区。本名「晃」の名付け親でもある祖父・清さんの思いが込められていた。一族の思いを背負った男が相撲の世界に飛び込んだのは15歳の春だった。

 中学まで野球少年。中1から塾にも通ったが成績が落ち始めて、中2で少人数制の塾へ見学に行った。それが転機だった。講師から「本人のやる気があれば挽回もできるけど、今からじゃ、遅い」と断られると、父は「楽しくやってろ。塾にも行かなくていい」と息子に伝え、職人への進路も考えた。“自由の身”となった高安は野球とカードゲームに没頭。午後7時には帰宅してフィリピン人の母ビビリタさんと父が経営するエスニック料理店を手伝った。

 中3の5月、夏場所。同じ茨城出身で野球少年だった稀勢の里が貴乃花に次ぐ2番目の年少記録(17歳9カ月)で十両昇進。「横綱の部屋に預ければ運が良ければ関取になれるかも」。夏になり、父は「見るだけ」と言って高安を車に乗せるとアポなしで千葉県松戸市の鳴戸部屋へ向かった。1メートル80、120キロの体格に「いい体をしてるな」と親方。33センチある足のサイズを褒められて笑顔を見せる高安を見て、父は「将来相撲でどうにかなるかも、という気持ちが(高安に)芽生えて、気持ち的に楽になったと思う」と感触を得た。

 年が明けた2月15日。鳴戸親方から「体一つで来てもらえればいいです」と言われ、高安は部屋を訪れた。携帯電話は入門から1年間は使用禁止。「何かあれば鳴戸部屋の固定電話に連絡してください」。その言葉を聞いて父は部屋の奥へ消えていく息子を見守った。

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