18歳・飯田「NEW INOUE」 康生ばり内股でGS初制覇

[ 2017年2月14日 05:30 ]

柔道グランドスラム・パリ大会最終日 ( 2017年2月12日    フランス・パリ )

男子100キロ級決勝、内股で技ありを奪う飯田健太郎(下)
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 男女計7階級が行われ、男子100キロ級で飯田健太郎(18=東京・国士舘高)がリオデジャネイロ五輪同級銅メダルのシリル・マレ(フランス)を破り、グランドスラム(GS)初制覇を果たした。飯田は得意の内股で攻撃を組み立て、決勝でも逆転勝ち。8、9月の世界選手権(ブダペスト)代表レースで「井上2世」が大きくアピールした。また女子78キロ超級では朝比奈沙羅(20=東海大)がリオ五輪銅メダルの山部佳苗(26=ミキハウス)を破って優勝。今大会の日本勢は男子が5階級、女子が2階級を制した。

 完全アウェーの会場の雰囲気も、相手選手の実績も、勢いに乗る18歳には関係なかった。入場時から地元の銅メダリストに大声援が送られる中、飯田は落ち着いて相手の出方を見極めていた。指導1でリードを許した残り1分20秒、電光石火の内股でマレを投げ飛ばす。騒がしかった会場に、一瞬の静寂が流れた。

 「(会場の雰囲気は)気にせず集中できた。映像を見て自分の力を出せばいけると思っていた。結構きつい一日だったけど楽しめた」

 国際柔道連盟(IJF)の公式サイトは、内股を中心とした攻撃で頂点に立った飯田を「NEW INOUE」と評した。2000年のシドニー五輪100キロ級。美しい内股で頂点に立ったのが現男子日本代表の井上康生監督だ。指揮官は「王道な柔道で、日本の柔道を体現できるスター性を持った選手」とベタ褒めした。

 GSデビューとなった昨年12月の東京大会は3位。当時も内股で攻撃を組み立てたが、単調な投げ方では世界の舞台で通用しなかった。国士舘高の岩渕公一監督からは「同じ内股でも3パターンくらいに増やせ」と指導され、技を仕掛ける際のバリエーションを増やした。

 マレから技ありを奪った場面では、相手との間を詰めずにいきなり右脚を差し込んで投げ飛ばした。相手の不意を突いたこの「ノーステップ」の内股こそ、井上監督がシドニーの決勝でギル(カナダ)から一本を奪った内股そのもの。GS東京後は筋力トレーニングにも注力し、体重は当時の94キロから99キロに増量。筋力アップした上半身が、この技を可能にした。

 「勢いに乗って世界選手権に行きたい」。今年の大会は20年東京五輪への第一歩。怖いもの知らずの18歳が、リオ五輪銅の羽賀龍之介(旭化成)、ウルフ・アロン(東海大)との代表争いに挑む。

 ▼飯田 健太郎(いいだ・けんたろう)1998年(平10)5月4日、神奈川県綾瀬市生まれの18歳。父親の影響を受け、6歳の時に柔道を始める。小学校時代は野球、サッカーも並行してプレーしていたものの、大野北中から柔道に専念。3年時に全国中学校柔道大会の81キロ級で準優勝。国士舘高へ進み、2年のインターハイ個人戦100キロ級で優勝。同年の全日本ジュニアも制した。得意技は内股。1メートル88。

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