稀勢の里 悩んだけれど…“憧れ”の雲龍型で大横綱目指す

[ 2017年1月25日 05:30 ]

横綱への決意を語る稀勢の里
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 第72代横綱が“大横綱”を目指していく。日本相撲協会は25日、東京・両国国技館で行われる春場所(3月12日初日、エディオンアリーナ大阪)番付編成会議後の臨時理事会で正式に稀勢の里(30=田子ノ浦部屋)の横綱昇進を決定する。稀勢の里は24日、東京都江戸川区の田子ノ浦部屋で横綱土俵入りを雲龍型に決めたことを明かすとともに、同じ雲龍型の北の湖、千代の富士、貴乃花ら優勝20回以上を誇る先輩横綱を追っていく決意を語った。

 横綱昇進が正式決定する臨時理事会、その後の伝達式を翌日に控えても、稀勢の里はリラックスしていた。「身の引き締まる思い。伝達していただいて初めて実感が湧くのかも」と言いながらも笑みがこぼれる。土俵入りの型は「雲龍型を希望しました」と明言。「昔から憧れていました」と理由を説明した。

 日本出身の大横綱はほとんどが雲龍型だ。優勝回数上位の大鵬(32回)、千代の富士(31回)、北の湖(24回)、貴乃花(22回)もしかり。稀勢の里の先代師匠である元鳴戸親方(元横綱・隆の里)は不知火型とあって「悩みました」というものの、最後は土俵上と同様に自分の意思を貫いた。そうそうたる雲龍型の先輩の名を挙げられると「とても比べられない。少しでも近づけるように頑張りたい」と話した。

 30歳を過ぎての横綱昇進は、吉葉山、前田山、男女ノ川、琴桜、三重ノ海、隆の里、旭富士に続き、昭和以降8人目となる。過去7人で、昇進後の優勝は三重ノ海、隆の里の2回が最高で、遅咲きの横綱は活躍していない。だが、稀勢の里にはそれを超えるだけの力がある。モンゴル出身の3横綱は稀勢の里より年上で最近は故障がち。初土俵からの休場が右足親指を負傷した14年初場所千秋楽の1日だけの稀勢の里が土俵に上がり続ければ、自然と結果はついてくる。優勝31回の千代の富士は30代で19回も優勝している。稀勢の里が勢力図を一気に塗り替えても不思議ではない。

 大関昇進の際は「大関の名を汚さぬよう精進します」というシンプルな口上だったが、都内ホテルで行われる伝達式では「言いたいこともあるし、気持ちをそのまま伝えられればいい」と述べた。そして「伝達した言葉をしっかり受け止めていきたい」と今後の土俵で表していく決意を示した。この日は二所ノ関一門以外の力士も田子ノ浦部屋に集まり、綱を作るための麻もみが始まった。着々と進む準備とともに、稀勢の里が大横綱への道を切り開いていく。

 ▼茨城県出身の横綱 過去には江戸時代後期の第7代稲妻、明治時代から大正時代にかけて人気を博した第19代常陸山、昭和初期に活躍した第34代男女ノ川の3横綱を輩出。稀勢の里で4人目

 ▽雲龍型 不知火型とともに2つある横綱土俵入りの1つ。せり上がりのときに、左手の先を脇腹に当て、右手を斜め前方に差し伸べる。一般に、この型は攻めと守りの両方を備えたものと言われている。背にある結び目の輪は、不知火型が2つなのに対し雲龍型は1つ。第10代横綱・雲龍が原型ともされているが、現在の雲龍型は第20代横綱・梅ケ谷の型が元になっている。

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