NBAの新労使協定 契約社会に求められる「金科玉条」とは?
【高柳昌弥のスポーツ・イン・USA】12月14日、長期間にわたって話し合われていたNBAの新労使協定が暫定合意に達した。オーナー会議と選手会での承認が必要だが、すでに双方に異論はないようで実行力を持つのは時間の問題となってきた。
交渉がスムーズに進んだ背景にはテレビ放送権料の新規契約による大幅増収があるが、前回(2011年)は161日間に及ぶロックアウト(施設封鎖)となってレギュラーシーズンが82試合から66試合に削減されていただけに、あまりにも対照的な交渉となった。
消費がなかなか伸びない世界経済とは裏腹にNBAは“バブル的”な活況を呈している。新労使協定が効力を持つと、すでに526万ドル(約6億2000万円)に達している平均年俸は来季から850万ドル(約10億円)にアップ。しかも2020年までには1000万ドル(約11億8000万円)に達するというから驚きだ。
もちろん北米4大スポーツ界の中で最高額。シーズンMVPに過去2年連続で選ばれているウォリアーズのステファン・カリー(28)にいたっては来季年俸が今季の3倍増となる3600万ドル(約42億5000万円)になる可能性があり、これは日本のプロ野球でチーム年俸総額がトップだったソフトバンク(41億7577万円)をたった1人で上まわることになる。一方で右肩上がりだけでない部分もあり、新人の契約限度額はその年のサラリーキャップ(チームの年俸総額上限)の増減によって決められるという柔軟なものになった。
CBA(Collective Bargaining Agreement)と呼ばれる労使協定には“賃金”以外の項目もずらりと並んでいる。現行のCBAでは「5日間で4試合」が日程上の最大密度だが、新たな協約ではこの枠を広げ、開幕日を1週間早めることで連戦を減らす取り組みも盛り込まれた。傘下のマイナーリーグ「Dリーグ」とNBAとの二重契約も可能。当落線上の選手にとっては「最低保障」を捨てなくても競技生活を続行することが可能になる。
引退した選手の医療費を援助する基金も設立。脳振とうの後遺症に苦しむ元選手を多く抱えるNFLはこれが大きな問題となっており、NBAは今後7年間(最終年はオプション)有効となる新労使協定でその布石を打ってきた。
AP通信によれば選手会長のクリス・ポール(31=クリッパーズ)は「選手にもオーナーにもファンにも受け入れられる驚きの内容。当事者は対話をきちんと保っていた」と交渉過程とその結果を絶賛。非難の応酬となった5年前の交渉とはまったく雰囲気が違っていた。
新労使協定には家庭内暴力(DV)や幼児虐待といった問題にも触れており、選手やその家族が対象となった場合にはカウンセリングなどを受けられるシステムも導入。世相を反映した項目も追加された。
さてこのCBAを作り上げたのはオーナー側と選手会側を代表している法律の専門家たち。書類の大きさはわからないが、実に400ページ以上にも及ぶ膨大な「ルールブック」となっている。もちろん日本の各企業にも従業員規定があって冊子になっているところも多いと思うが、一冊の本以上のページ数を割いている会社はどれほどあるだろうか…。ましてや日本のプロスポーツ界でここまで契約に関して微に入り細に入り多くのことを定めているケースはあるだろうか?
「全部コピーしようよ」とは言わない。分厚い本でも中身が伴わない著作物は多いだろう。しかしCBAはたとえ労使双方の弁護士が見つけてきた“着地点”の羅列であっても、選手を組織としてどこかで救済しようという意図が見え隠れしている。たぶんここが日米のスポーツ界の大きな差であるようにも見える。年俸1000万ドルという華やかな世界を支える金科玉条。これがあるからこそ、きょうもあしたも、どこかで豪快なダンクがさく裂するのだと思う。(専門委員、金額は1ドル=118円で計算)
◆高柳 昌弥(たかやなぎ・まさや)1958年、佐賀県嬉野町生まれ。上智大卒。ゴルフ、プロ野球、五輪、NFL、NBAなどを担当。スーパーボウルや、マイケル・ジョーダン全盛時のNBAファイナルなどを取材。50歳以上のシニア・バスケの全国大会に6年連続で出場。
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