“車いすキャプテン”金沢功貴の現在 大学でもラグビーへの情熱は消えず

[ 2016年10月31日 12:30 ]

“車いすキャプテン”金沢功貴(上)

練習をみつめる摂南大ラグビー部の金沢功貴
Photo By スポニチ

 常翔学園の“車いすキャプテン”として注目された金沢功貴(1年)が摂南大の頭脳として奮闘中だ。ムロオ関西大学ラグビーAリーグのライバル勢を映像で分析。データを元に、傾向と対策をコーチ陣に助言している。高校1年生だった13年8月。長野県での合宿中にラックの下敷きになり、頸椎脱臼骨折をした。今も胸から下が動かない状態ながら、かつての仲間の存在を励みにして競技に携わっている。

 不自由な体の金沢の自由が、パソコンの画面に詰まっていた。動きはぎごちなくとも、手つきはこなれたもの。棒状の物を左手中指と薬指に挟むように固定し、それでタッチパネルを押す。パソコンはコネクターでタブレットにつながれている。動画が映し出されるのがパソコン。タブレットはコントローラー代わり。切り取りたい場面を見つけては、タブレットをポンポンと軽く叩いて映像編集を進めていった。

 「1選手として貢献できることはないかと思って、分析を始めました。反則、セットプレーの成功率、タックル成功率なんかを数値化すると、相手の方針やチームカラーが見えてきます。向こうの強みを出させず、いかに自分たちの強みを出せるかを考えています」

 理路整然と語る様子は常翔学園時代と変わらない。昨年の全国高校ラグビー大会。車いすキャプテンとして注目を集めた。故障をしたのは高校1年の夏合宿。ラックの下敷きになり、頸椎脱臼骨折をした。胸から下が麻痺。中学時代に大阪スクール選抜の主将を努めて全国優勝をし、将来を嘱望されたフランカーの選手生命は断たれた。

 車いす生活を余儀なくされたものの、楕円球への情熱は変わらなかった。人望も変わらなかった。大工大高時代を合わせて5回の全国優勝を誇る常翔学園の主将としてチームをまとめ、花園に導いた。今春、摂南大に入学。ラグビー部に身を置いた。

 「常翔でキャプテンをしたことが、今の分析に生きてます。当時、キャプテンをやる上で、みんなが何をどう考えてプレーしてるんやろう、と想像しながらグラウンドを見てました。そのうち、試合でタックルに何回行ったか、ボールを何回持ったのかを数値化するようになりました。チームメイト1人1人を分析すると、その選手の特徴が見えてきます。例えば、ボールを持つ機会が多い選手に頭ごなしに“タックル行けよ”と言っても、なかなか聞かない。選手に合ったアドバイスができるようになりました」

 大学では1チームに2時間ほど時間をかけて分析をしている。自軍を入れて8チーム全てを洗い出すと、3日がかりの作業になる。分析の一例を挙げると、反則を犯した地域の傾向とその原因を考察し、コーチに伝えている。セットプレーだけをまとめた映像なども作成している。主務の柘植裕友(4年)は「摂南はプレーをするのが好きな選手は多いけど、客観的にプレーを見られる人は少ない。功貴の分析は役立っている」と仕事ぶりを評価。チームは今季まだ勝ち星がなく、開幕から2戦続けて大敗をした。しかし、直近の2戦は接戦。金沢の目が生かされている証拠だ。今や摂南大に欠かせぬ頭脳になっている。

続きを表示

この記事のフォト

2016年10月31日のニュース