ミスター・ラグビー平尾さん まだ53歳、早すぎるノーサイド

[ 2016年10月21日 05:30 ]

平尾誠二さん死去

1985年、同大時代の平尾
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 ◆平尾 誠二(ひらお・せいじ)1963年(昭38)1月21日生まれ、京都府出身。伏見工3年で全国制覇。同志社大時代に19歳4カ月で史上最年少(当時)で日本代表に選出され、史上初の大学選手権3連覇も達成した。86年に神戸製鋼入社、7年連続の日本一を経験。代表キャップは35を数える。現役引退後の97~00年日本代表監督。07年から神戸製鋼ラグビー部GM兼総監督。12年に19年ラグビーW杯日本大会組織委理事就任。

 ≪平尾誠二さん足跡≫

 ▼1963年 1月21日、京都市に生まれる。
 ▼75年 京都・陶化中入学。ラグビーを始める。
 ▼81年 京都・伏見工3年時に全国高校ラグビー優勝。
 ▼82年 同志社大2年時に史上最年少(当時)の19歳4カ月で初キャップ。
 ▼85年 史上初の大学選手権3連覇に貢献。
 ▼86年 神戸製鋼に入社。
 ▼87年 第1回ワールドカップ(W杯)出場
 ▼89年 日本選手権で初の日本一。5月には日本代表主将としてスコットランド撃破。
 ▼91年 第2回W杯で日本の初勝利に貢献。
 ▼95年 日本選手権で7連覇達成。第3回W杯出場。この年は阪神大震災の被害を受ける。
 ▼97年 神戸製鋼のゼネラルマネジャー(GM)就任。歴代最年少34歳で日本代表監督就任。
 ▼98年 新シーズンの選手登録をせず、現役引退を正式決定。
 ▼99年 日本代表監督として第4回W杯で指揮。1次リーグ3戦全敗で敗退。
 ▼2000年 代表監督を辞任。
 ▼07年 神戸製鋼のGM兼総監督として、7年ぶりに現場復帰。14年まで務める。
 ▼12年 ラグビーW杯組織委員会理事に就任。
 ▼15年 同組織委の事務総長特別補佐に就任。

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