吉田沙保里「ごめんなさい」涙の銀メダル 無敗15年、207戦目の悪夢

[ 2016年8月20日 05:30 ]

リオ五輪<女子レスリング・53キロ級 決勝>銀メダルの吉田(下)は涙。金メダルのマルーリスも涙

リオデジャネイロ五輪レスリング・フリースタイル女子53kg級決勝

(8月18日 カリオカアリーナ)
 “霊長類最強女子”がついに負けた。女子53キロ級決勝で吉田沙保里(33=フリー)が、ヘレン・マルーリス(24=米国)に1―4の判定で敗れて銀メダルを獲得した。個人戦では01年全日本選手権の山本聖子戦以来15年ぶりの黒星。日本選手団の主将として臨んだ今回は史上6人目の五輪4連覇を逃し、前日の女子58キロ級の伊調馨(32=ALSOK)に続く快挙達成とはならなかった。女子レスリングの知名度を格段に高めた功労者。今後については明言を避けた。

 マットの中央に突っ伏したまま、吉田は肩を震わせていた。顔を上げてしまえば敗北の事実を受け入れなければいけない。そこはもう以前とは異なる世界だ。事の重大さにおびえながら1人の女性が小さく身をかがめているようにも見えた。

 「金メダルを獲れなかった。ごめんなさい。取り返しのつかないことをしてしまった。いろんな人に金メダルを獲ると約束していたのでそれがかなわなかった。日本選手団主将としても役目を果たせなかったのが悔しい」

 うずくまって顔を上げるまでの30秒間、何を考えていたか。上ずった声で話した言葉の中に私心は一つもなかった。

 決勝は2度の対戦でいずれもフォール勝ちしていた相手だった。ただし最後の対戦は4年前。マルーリスは昨年、55キロ級で世界を制するなど以前とは違った。序盤の組み手争い。吉田は押し込まれて後退した。「どうしても私に勝ちたいんだなと伝わってきた。それで空回りした」

 1分50秒、審判が2人を分けた瞬間、セコンドの方に不安げに視線を送った。4年前ならそこには父・栄勝さんの姿があった。しかし栄勝さんは14年3月に自動車運転中のくも膜下出血で急逝。気おされた吉田を支えてくれる安心感はもうそこにはなかった。

 第1ピリオドの2分半すぎ、マルーリスが消極的として「アクティブタイム」が科され、吉田が1点を先行した。しかし第2ピリオドの20秒、首投げを打った吉田は反撃の投げに前のめりに崩れた。背後に回られて失点。1―2と逆転された。

 ロンドン大会からの4年間は、特に負けられない「怖さ」との闘いだった。女子レスリングの第一人者、4連覇に高まる期待と責任感。リスクの高いタックルに入る回数は減り、手堅く前さばきで勝つ試合が増えた。

 53キロ級での試合は昨年の世界選手権以来1年ぶりだった。周囲には「出るだけで精神的に疲れるから」と漏らし、調整試合を挟まなかった。国際試合に出てこないことで女王の威光はかすみ、気がつけば海外の関係者の間で「チキン」と呼ばれるようになった。

 残り1分、マルーリスの圧力に抗しきれず引いたところで、タックルでダメ押しの2点を奪われた。1―4。観客は足を踏み鳴らし「ヨシダ」「USA」のコールが入り交じって怒号のように広がっていった。慌てて繰り返したタックルに往時の切れはなかった。

 「最後出し切れずに、取り切れずに終わって残念。最後に気持ちで負けてしまった」

 4連覇の夢はついえ、顔をぐちゃぐちゃにして泣いた。「勝って終わるのが彼女の夢だった」と栄チームリーダーは明かしたが、引退の2文字は口にしなかった。しかし何度も「最後」と繰り返した。一時代の終わり。吉田が最強の女王として君臨した時代が、終わった。 (雨宮 圭吾)

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