【メダリストは見た】ソフト上野 シンクロ銅で実感 背中を押す指導者の愛情

[ 2016年8月18日 11:40 ]

力強い演技を見せる乾(左)と三井

リオデジャネイロ五輪シンクロ・デュエットフリールーティン決勝

(8月16日 マリア・レンク水泳センター)
 シンクロナイズドスイミングのデュエットで乾、三井組が銅メダルを獲得し、ロンドン五輪で屈辱を味わった日本が再び表彰台に立った。厳しい指導で知られる井村監督は、選手にとってどういう役割を果たしたのか。08年北京五輪のソフトボールで金メダルの立役者となった上野由岐子(34=ビックカメラ高崎)が指導者の存在について分析した。

 乾選手、三井選手、おめでとうございました。そして井村さん、おめでとうございました。私、順位が確定する前に「全て出し切った」と言える選手を見て、凄く刺激を受けました。そして、それを見ている井村さんの笑顔、素敵でした。鬼と言われますが、やはり選手に対する愛情を感じさせてくれました。

 シンクロ、最初に目がくぎ付けになるのは入水までの華麗な動きです。手や足の先まで気持ちが入ってるのが伝わってきました。驚いたのは、入水するまでは採点対象ではないことです。それでも、プール外の動きに一切の手抜きがない。あれは選手たちにとっての“スイッチ”なんじゃないかって思うんです。

 ソフトボール女子日本代表にもスイッチを入れるルーティンがあるの、ご存じですか?北京五輪前に「つくった方がいい」と指摘されて、みんなで考えました。ピッチャーズサークルに全員で集まって、全員で「No・1」のポーズをつくる、あれです。今も代表では受け継がれています。試合前にスイッチを入れて、集中していくことは全ての競技に共通しているんだと感じましたね。

 84年ロサンゼルスから正式種目入りしたシンクロは、08年北京まで一度もメダルを逃したことがなかったことも知っています。そして、ロンドンで初めて表彰台に立てなかったことも。その立て直しのために井村雅代さんが監督に復帰されたと聞きました。井村さんと言えば厳しい指導。テレビで報道されるのも声を張り上げているシーンが多いですよね。受け取り方によって異なるのかもしれませんけど、ああやって?咤(しった)激励してくれる人、私は大事だと思うんです。

 アスリートは日々、目標に向かって厳しい練習をします。ただ、そこは人間。「これ以上はできない」と思ってしまうポイントがあるんです。そこで「もう少しできるだろ?」と背中を押してくれる指導者が必要です。自分で決めた限界を超えて、初めて次のレベルに上がれると思うんです。

 五輪は世界中の選手が4年に一度集まって、頂点を争う舞台。思い通りにいかないこと、想定外のことが起こります。そこに直面したとき、限界を超えた練習をしたことが支えてくれる。34歳の私は今、厳しい指導を受ける機会がなくなってしまいました。シンクロの選手をうらやましいと思う自分がいます。

 私は厳しい指導を求めて、宇津木妙子さん(現東京国際大総監督)が監督だった日立高崎(現ビックカメラ高崎)に入社しました。でも、実は妙子さんに厳しい指導を受けた、という思い出はありません。ただ求められることに何とか応えようとしているうちに、競技者としてのレベルが上がっていったと思います。そこには「もっとうまくなりたい」という私の思いと、妙子さんに対する信頼感があったのだと思います。

 ただし、唯一、記憶に残っているのは五輪初出場だった04年アテネ。蜂に手を刺されたことを報告したら「気合が入ってないからだ!!」と。気合が入っていたら刺されなかったのか?と少し不条理を感じましたけど(笑い)、あとで考えるとやっぱり気持ちに緩みがあったのかな、と。実際、クールダウンのつもりでプールに入ったあと、発熱したという大失敗もありました。

 現在、ビックカメラ高崎を率いる宇津木麗華さんも信頼できる指導者です。3年前の麗華さんの誕生日(6月1日)に「完全試合をする」と宣言したことがありました。前の年は日本リーグ決勝でトヨタ自動車に延長10回サヨナラ負け。王座奪還へ燃えるシーズンに、監督の指導は間違っていない、と証明したかった。感謝の思い、ただそれだけでした。宣言通りの完全試合、麗華さんは凄く喜んでくれました。井村さんの誕生日に頑張った選手たちも、同じような気持ちだったのでは?と、感情移入してしまいましたね。

 リオ開幕前に、東京五輪でのソフトボールの実施が決まりました。支えてくれた皆さん、本当にありがとうございました。4年後も現役でいてほしいという声があることは十分、伝わっています。ただ、東京は38歳。私のことは神様に任せようと思っています。五輪で実施されなかった8年間、ソフトボールと向かい合って再確認したのは、ソフトボールが好きだという気持ち。今は毎日「もっとうまくなりたい」というモチベーションで戦っています。大好きなソフトボールへの恩返しとは何か、若い選手たちに残すべきものは何か、を考えて4年後を待ちたいと思っています。

 ◆上野 由岐子(うえの・ゆきこ) 1982年(昭57)7月22日、福岡県福岡市生まれの34歳。九州女子高(現福岡大付若葉高)卒業時の01年、日立高崎(現ビックカメラ高崎)入りすると同時に日本代表入り。世界最速119キロの速球を武器に04年アテネ五輪銅、08年北京五輪金。日本リーグMVP7度受賞、199勝は最多記録を更新中。完全試合もリーグで7度、国際試合でも2度記録。1メートル74、72キロ。

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