室伏引退 リオ届かず…41歳の鉄人「体力の限界」

[ 2016年6月25日 05:30 ]

思うように記録が伸びず、肩を落としてサークルを出る室伏

陸上 日本選手権 第1日

(6月24日 愛知・パロマ瑞穂スタジアム)
 リオデジャネイロ五輪の代表最終選考会を兼ねて開幕し、男子ハンマー投げで2年ぶりに競技会に復帰した04年アテネ五輪金メダリスト・室伏広治(41=ミズノ)は、64メートル74で12位に終わった。リオ切符を逃し、体力の限界を理由に第一線を退く意向を表明。長年、拠点を置いた愛知で行われた節目の第100回大会で、偉大な競技人生に幕を下ろした鉄人は今後、スポーツ界の発展に力を注ぐ。

 ベストを尽くしたから、涙も悔いもなかった。雨に濡れた体に、確かな充実感が残る。2年ぶりに日本選手権に帰ってきた室伏は、自己ベストの84メートル86に20メートル以上及ばない64メートル74でベスト8にも入れず、ファウルに終わった3投目で姿を消した。ファンに向かって手を振り、4投目以降に臨む後輩と握手を交わす。達観した表情で取材エリアに現れた41歳は、事実上の引退を宣言した。

 「五輪や世界選手権でメダルを狙う、高みを目指すには体力の限界を感じている。まあ、寂しいですけど、いずれやってくること。一つの区切りとして、今後はない」

 独特の視点でハンマー投げを追求し、赤ん坊の呼吸法に着目するなど創意工夫を重ね世界のトップにまで上り詰めた。14年まで日本選手権では前人未到の20連覇。節目の数字に到達し、15年は若手の成長を促すために出場しなかった。20年東京五輪パラリンピック組織委員会のスポーツディレクターや東京医科歯科大教授、日本オリンピック委員会、日本陸連の理事も務める。多忙を極める中、5月24日に復帰を発表。「チャレンジしてみたい」。決断の裏には被災地への思いがあった。

 11年3月の東日本大震災後、宮城・石巻の中学校を訪問するなど積極的に支援活動を行った。同年世界選手権では史上最年長36歳で金メダルを獲得し、12年ロンドン五輪にも出場。「年齢的に厳しいけど、乗り越えた状況があった」。当時、中学生だった少年とは今でも交流が続いている。

 今年4月14日には熊本地震が発生。困難に立ち向かう自らの姿が、被災者へのメッセージになると信じていた。本格的なトレーニングは1カ月。「準備期間は短かった」と正直に打ち明ける。41歳。なかなか抜けない疲労との格闘。投てき練習ができたのは10日ほどだった。わずかな時間だったが、父・重信さんと久々にハンマー投げについて語り合い、15年に結婚した妻とともに復帰ロードを歩んだ。「今までと違う意味で、一緒に臨めた」。64メートル74は、室伏にとって大切な数字だ。

 日本選手権では94年以来、22年ぶりに頂点に立てなかった。個人種目として史上最多21度目の優勝も、父・重信さん(12勝)、妹・由佳さん(17勝)と合わせて室伏一家でのV50にも届かなかった。今後は日本のスポーツ発展にエネルギーを注いでいく。「多くの方のサポートがあった。感謝している。これからは後進の指導だったり、スポーツ界に貢献していきたい」。04年アテネ五輪の金メダルなど数々の伝説を残してきた鉄人は、新たなステージでも輝きを放つ。

 ◆室伏 広治(むろふし・こうじ)1974年(昭49)10月8日、静岡県沼津市生まれの41歳。90年に千葉・成田高で本格的にハンマー投げを始める。陸上男子ハンマー投げの日本記録保持者。五輪に4大会連続出場し、04年アテネで金メダル、12年ロンドンで銅メダル。日本選手権は95年から14年まで大会史上最長の20連覇。東京五輪・パラリンピック組織委員会では理事とスポーツディレクターを担い、日本オリンピック委員会や日本陸連の理事も務める。1メートル87、99キロ。血液型A。

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