40歳・旭天鵬 涙と笑いの引退表明「愛される力士育てる」

[ 2015年7月28日 05:30 ]

たくさんの花に囲まれ、笑顔で第二の人生をスタートさせる旭天鵬

 大相撲初のモンゴル出身力士として長く活躍した元関脇で幕内の旭天鵬(40=友綱部屋)が27日、名古屋市内の宿舎で会見し、現役引退を表明した。日本相撲協会が年寄「大島」襲名を承認し、モンゴル出身初の親方となった。当面は友綱部屋付として後進の指導にあたり「みんなに愛される力士」の育成を目指す。

 涙ばかりではなく、時には笑う。旭天鵬が生来の陽気な人柄を引退会見でも発揮した。最終的に身を引く決断をしたのは14日目の安美錦戦で11敗となり、幕内残留の望みが完全消滅した後だった。

 「白星黒星で左右される勝負の世界。年齢がいくと気持ちのダメージが大きい。自分の力が無くなったんじゃないかと。気持ちの糸が切れた感じ」

 十両となって現役続行を望む声は周囲にもあった。それでも幕内にこだわった理由の1つは故郷に残した家族だ。モンゴルでは幕内なら取組が生中継されるが、十両は結果が伝えられるだけ。元気な姿を映像で見せられない。「十両で、もう一回(関取の)スタートラインにいく自信はない」。闘志が奮い立つ材料を欠いてはもう戦えない。

 思い出の一番は「やっぱり決定戦」。12年夏場所。史上初の平幕同士による優勝決定戦で栃煌山をはたき込み、37歳8カ月で最年長初優勝を果たした。「土俵の上で泣いたのは初めて。あの優勝で、いろんな人に知ってもらったし、僕も成長できた」。深酒しても翌朝は必ず稽古場で四股を踏む。20代の後輩らと一緒によく遊び、よく稽古する。独特の身の律し方で力士寿命を伸ばした。史上1位の幕内出場1470回はそのたまものだ。

 モンゴルからの角界入り1期生として元小結・旭鷲山らと92年春場所で初土俵。母国の後輩に道を開いた。「相撲が好き。人生の全て」。05年に日本国籍を取得。ずっと土俵に関わる人生を選んだ。気は優しくて力持ち、“お相撲さん”の呼び方がしっくりくる40歳。親方としての目標は「たくさんの拍手、声援をもらい、みんなに愛される力士を育てたい」。当面は友綱部屋付で指導しながら、将来は部屋持ちとなって“旭天鵬2世”を土俵に送り出すのが夢だ。

 ◆旭天鵬 勝(きょくてんほう・まさる)本名=太田勝、モンゴル国籍時代はニャムジャブ・ツェベクニャム。1974年9月13日、モンゴル・ナライハ生まれの40歳。92年春に初土俵を踏み、96年春に新十両、98年初に新入幕。最高位は関脇。通算出場1871回は史上1位。通算成績927勝(史上6位)944敗22休。幕内在位99場所(史上2位)。幕内成績697勝(史上8位)773敗15休。敢闘賞7回。金星2個。得意は右四つ、寄り。家族は恵子夫人と1男2女。1メートル90、161キロ。

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