【第1回】「新大関・照ノ富士」稽古での涙が心身を強くした

[ 2015年5月26日 11:00 ]

ぶつかり稽古で稀勢の里に胸を出す照ノ富士(右) 

 23歳のモンゴル出身力士、照ノ富士が平成生まれ初の大関となることが確実になった。白鵬をはじめ現在の3横綱、3大関はいずれも30歳前後。待望の新世代大関だ。「新大関・照ノ富士」誕生の原点を3回にわたって探っていく。

 優勝の要因を聞かれると照ノ富士は即答した。「稽古じゃないですか」。当然の答えではあるが、積んできた稽古の質、量に絶対的な自信があることがうかがえる。間垣部屋の閉鎖により13年4月に伊勢ケ浜部屋に移籍。そこでの厳しい稽古で才能が開花した。

 幕下だった移籍当初、1メートル92、170キロ以上の恵まれた体を持て余していた。膝が曲がらず腰が高いため、小兵の幕下・照強にも簡単に懐に入られて力を発揮できなかった。師匠の伊勢ケ浜親方(元横綱・旭富士)が「四股を1時間も2時間もやらせた」と振り返るように、基礎から徹底的に鍛え直された。

 体をぶつけ合う稽古も過酷だった。少しでも気を抜くと、師匠から「ガナ(愛称)、ちゃんと前に出ろ」と叱責(しっせき)された。1度の稽古で100番取ったこともある。泣きながら稽古したのも一度や二度ではない。部屋には横綱・日馬富士を筆頭に関取が計5人在籍。押し相撲もいれば、四つ相撲もいる。バラエティーに富んだ力のある兄弟子たちに胸を借り、力をつけていった。

 師匠からは「ウエート(トレーニング)をやれ」とも口酸っぱく言われた。ベンチプレスは当初最大90キロだったのが、この2年間で200キロまで上がるようになった。スクワットは現在330キロ。「俺、相撲界でスクワットは1番だと思う」と胸を張るパワフルな肉体を手に入れた。

 伊勢ケ浜親方は「泣いてもぶつかっていく気持ちがあった。以前は棒立ちだったのが、腰が下りるようになった」と成長に目を細める。伊勢ケ浜部屋の稽古量は角界でも一、二を争う。これだけ厳しい稽古に逃げずに正面からぶつかっていけたのも、夢を抱いて来日し、プロ入りしたからだった。(特別取材班)

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