リオ五輪まで500日…山田怜、女子7人制で東京五輪への懸け橋に

[ 2015年3月24日 05:30 ]

戸塚共立第一病院の制服でラグビーボールを手にポーズをとる山田

 16年8月5日のリオデジャネイロ五輪開幕まで、24日であと500日となった。新種目として採用される7人制ラグビーでの出場を目指し、女子日本代表が日々鍛錬を積んでいる。愛称はサクラセブンズ。代表で活躍する山田怜(21=横浜TKM)は、ラグビーを始めてまだ3年半。20年には東京五輪が控えるからこそ、リオに懸ける思いは強い。

 つい4年前まで、ラグビーの「ら」の字も知らなかった。当時は秋田和洋女子高で陸上部に所属し、走り幅跳びが専門。自己ベスト5メートル73は、インターハイ出場には十分な記録だが、一度も出場できなかった。「とにかく偏食で、3食ドーナツとか。だからケガが多かった」と屈託なく笑う。それでも4×100メートルリレーでは全国舞台を経験。100メートル12秒6のベストタイムは、やはり非凡な能力があってこそだ。

 高3のインターハイで陸上に区切りを付けた。「中学生のころからの夢だった」という美容鍼灸(しんきゅう)を学ぶため、岩手県にある専門学校に進学するつもりだった。転機は夏休み明けの11年9月。幼なじみに誘われ、クラブチームでラグビーを始める。スキルはド素人でも、身体能力の高さは見る者の目を引いた。あれよあれよと、12月の全国高校ラグビー(花園)開催中に行われるU18花園女子セブンズに出場。「花園のことを全然知らなかった。時期的にも総体じゃないし、新人戦かと思って。ルールも分からず、前にパスはダメ、トライはここにするとか、基本的なことだけ覚えて出ました」。ちょうどその頃、立ち上がったばかりの横浜TKMも、他競技から転向する人材を求めていた。あらゆるタイミングが重なり「高校だけでやめるつもりだった」ラグビーを続けた。しかし、こうも言うのだ。

 「五輪種目じゃなかったら、やってなかったと思います」

 チームを運営するのは医療法人横浜柏堤会。選手は一部を除き、法人が経営する病院などで勤務。代表拘束期間の長い山田も現在、戸塚共立第1病院の総務課に所属する。月によって勤務日数にばらつきがあることを考慮され、給与は年間を通じて一定額が支給される。「時給で支払われる他の代表選手の中には“今月の給料、お小遣いなんだけど”という人もいます」。競技と仕事の両立は、五輪を目指すアマチュアアスリートにとって永遠のテーマだ。だからこそ「私たち(のクラブ)はラグビーを仕事にできる。恵まれていると思う」と不満は一切ない。

 あと500日。まずは今年11月のアジア地区予選を勝ち抜かなければ、先はない。年齢的にはホスト国として出場権を約束されている20年東京五輪出場も十分可能だ。だからこそ、強く思う。

 「東京へ向けてどのくらい強化できるかは、その前の五輪の成績によって変わる。勝てそうな競技に強化費は行くので」

 非五輪種目の15人制代表に招集された時は、洗濯は全て手洗いを強いられた。7人制ではランドリー回収がある。そんな身近なところで「格差」も感じている。現在、日本の女子ラグビー人口は約3000人。5年後の東京五輪を、マイナー競技として迎えるか、メダル候補として迎えるか。女性らしくない逆三角形の背中は、そんな命運も背負って、リオデジャネイロを目指している。

 ◆山田 怜(やまだ・れい)1993年(平5)7月26日、秋田市生まれの21歳。秋田和洋女子高では陸上部に所属し、3年時に4×100メートルリレーでインターハイ出場。11年9月にクラブチームの秋田ノーザンブレッツでラグビーを始め、同年12月のU18花園女子セブンズの普及の部に東軍メンバーで出場。12年4月に横浜TKM入りし、15人制代表、7人制代表を経験。現在は戸塚共立第1病院に勤務。1メートル69、61キロ。ポジションはバックス。

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