沙保里鎮魂1勝「優勝しないとお父さんは喜ばない」

[ 2014年3月16日 05:30 ]

父・栄勝さんの遺影を持つ栄監督(右)に見送られ、マットにあがる吉田沙保里

レスリング国別対抗戦女子W杯第1日

(3月15日 東京都板橋区・小豆沢体育館)
 吉田沙保里(31=ALSOK)が父の訃報からわずか4日後に弔いの白星を挙げた。11日にくも膜下出血のために父・栄勝さん(享年61)を亡くし、前日に告別式を終えたばかりでの強行出場。調整不足が心配されたものの予選リーグ2試合目の中国戦から出場すると鐘雪純(20)に3分36秒で難なくテクニカルフォール勝ちを収めた。続くハンガリー戦でも貫禄を示して連勝。吉田の活躍もあって、日本は16日に2年ぶりの優勝をかけてロシアとの決勝戦に臨む。

 悲しみを一瞬だけ胸の内にしまい、眼前の敵に集中した。「優勝しないとお父さんは喜ばない」。相手は昨年の世界選手権55キロ級で1回戦負けの中国の鐘雪純。世界大会14連覇中の最強女王にとっては格下だ。それでも油断なく相手に向けたまなざしは、もう勝負師のそれに戻っていた。

 「1、2試合だけ使う」と栄和人監督が話していた通りに、初戦の米国戦は欠場した。だが、試合を見守るうちに徐々に戦闘モードに入っていった。マット際まで身を乗り出して声を張り上げ、仲間の背中を叩き、一緒になって戦った。2戦目の中国戦の前に行われた開会式では父の遺影を持って入場行進。その顔には涙はなかった。「遺影を見るたびにウルッとくるけど、そのたびに父が一緒にマットに上がってる気がしていい試合ができた」。スタンドには母・幸代さんの姿もあった。

 鐘雪純戦の開始直後は間合いを探るような1分間。様子見を終えて先に動いたのは吉田だった。一瞬のうちに相手の視界から消える素早い飛び込み。両足タックルで豪快に相手を後ろ倒しにした。栄勝さんから教え込まれた高速タックルは吉田の最大の武器。父を亡くしても悲しみのどん底にあろうとも、何度も繰り返してきたその動きを体は忘れていなかった。

 11日に名古屋から都内での事前合宿に向かう途中で父の訃報を聞き、すぐに三重県の実家に引き返した。それから通夜が終わるまでは遺体に寄り添い、泣き明かした。「ロンドンで肩車できてうれしかったよ」「お父さんがレスリングをやっていたから五輪3連覇や国民栄誉賞までもらえたよ」。最近はあまりしていなかった会話を天国の父と交わし続けたという。W杯に出るのか、出ないのか。「2日間ずっと話をして、出場して日本が優勝することを父も喜んでくれると思う」とレスリング一筋に生きた父の遺志を心の中で聞いた。

 前日は三重県での告別式を終え、慌ただしく都内に移動して計量をパス。4日ぶりに30分ほど軽く体を動かすとすぐに息が上がった。今大会に向けた練習で、左膝の内側じん帯も痛めていた。それでも、栄勝さんの存在を近くに感じながら勝ち続けた。ハンガリー戦もタックル、股裂きと矢継ぎ早に攻め、わずか26秒でテクニカルフォール。その攻撃的な姿勢も父の教えに他ならなかった。

 「チーム一丸となって、みんなが一生懸命頑張ってくれている。あと1試合、父も一緒に戦ってくれるので優勝していい報告ができるようにしたい」。決勝の相手はロシア。日本チームのエースとしてつかみ取る優勝こそ最愛の父への手向けにふさわしい。

 ▼日本代表・栄和人監督 吉田は(父が亡くなってから)何もやっていなかった。試合前日の夜と、きょうの朝に体を動かして、徐々に調子を上げてきました。

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