智香 W杯初出場は63位…全ての努力は「速くなりたい」から

[ 2014年2月20日 07:50 ]

銀メダルを獲得した竹内

ソチ五輪スノーボード女子パラレル大回転 竹内銀メダル

(2月19日)
 98年長野五輪を見て「五輪に出たい」と願って16年。竹内は努力で道を切り開いてきた。

 学業とスノーボードの両立を目指して、高校2年の時に通信制のクラーク記念国際高に編入。だが、それまで通っていた上川高時代は、旭川市内の自宅から片道2時間をかけて通学していた。帰宅は午後11時を過ぎることもあったが弱音を吐かなかった。環境を変えて高校2年からW杯に出場すると辞書を、翌年からは英語とドイツ語の電子辞書を持参するようになった。海外で言語が分からないために感じた小さな疎外感。海外で堂々と渡り合うための「努力」の成果は、今ではインタビューに流ちょうなドイツ語で答えるほどだ。

 速く滑るための労は惜しまなかった。06年トリノ五輪前には日本舞踊を習っていたこともある。スノーボードと日本舞踊。全く異なるものへの一見無謀な挑戦。だが、竹内なりに狙いがあった。指先まで神経を使い、さらに上半身と下半身で異なる動きをする日本舞踊を学ぶことで、スノーボードの動きに生かせないかとの思いからだった。

 その後、当時世界の強豪だったスイスチームに単身練習参加を希望した時も直談判した。他国のチームに加わること自体、異例のこと。だが、何度断られても粘り強く交渉し、最後は結果を出して認めさせた。高校2年からW杯に出場し、世界の流れを肌で感じ、過去にとらわれていては向上できないとの思いが竹内の原動力だ。

 W杯初出場は、高校2年だった01年1月。パラレル大回転で63位だった。あれから13年。「速くなりたい」ために戦ってきた竹内の努力がこの日、報われた。

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