高橋、羽生へ“バトン”「これからは彼が日本を背負っていく」

[ 2014年2月16日 05:30 ]

競技終了後、モロゾフ・コーチ(右)に涙をぬぐってもらう高橋

ソチ五輪フィギュアスケート男子フリー

(2月14日 アイスベルク・パレス)
 今大会に懸けた男たちの奮闘が終わった。10年バンクーバー五輪銅メダリストで五輪3度目の出場だった高橋大輔(27)=関大大学院=は冒頭の4回転ジャンプの失敗が響き、6位入賞にとどまったが、達成感をにじませた。日本男子はバンクーバー五輪に続いて3人全員が入賞した。

 「ありがとうございました」。晴れ舞台で最後の演技を終えた高橋は、感謝の言葉を口にしながら、日の丸が目立つスタンドへ頭を下げた。

 「出たくてもなかなか出られない中、3回もオリンピックで滑れて良かった。結果は悔しいけど、精いっぱいにやった」

 昨年11月に古傷の右膝を再び痛め、直後の全日本は5位と振るわなかったものの、実績と国際大会の成績などを考慮され代表に滑り込んだ。だが、その後も調子は上がらず、不安を抱えたままソチ入り。追い打ちを掛けるようにSP使用曲の作者別人問題なども起きた。それでも「出るからにはトップを目指す」と自らを奮い立たせてきた。

 勝負をかけた演技冒頭の4回転ジャンプは両足着氷で3回転の扱い。「2本跳ぶ選択肢はなかったけど、1本は決めたかった」。3回転半からの連続ジャンプでも着氷が乱れ得点は伸びなかった。ただ、表現力やスケート技術を評価する演技構成点では、銀のチャンに次ぐ2番目の高得点を引き出し、前回銅メダルの意地を見せた。「本当にきつかった。これが今の自分の力だと思う」

 バンクーバー五輪で日本男子初のメダリストとなり、それを花道に現役引退することも考えた。だが、11年モスクワでの世界選手権でスケート靴のトラブルもあって5位に終わり連覇を逃した直後、競技者としての本能を呼び覚まされ、ソチまでの現役続行を宣言した。「バンクーバーでやめておけばよかったという人もいるけど、いいことも悪いこともあった。続けて良かった」

 フリーの演技を終えリンクを出る際、笑顔で次滑走者の羽生と入れ替わった。「これからは彼が日本を背負っていく。五輪の金メダリストが出たことは一スケーターとして誇りに思うし、引っ張っていってほしい」。7歳で初めてスケート靴を履いて、ちょうど20年。日本の男子スケート界をけん引してきた男は静かに靴ひもをほどいた。

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