“新時代の旗手”小笠原 8年ぶり大舞台に感慨「こんなに早く…」

[ 2014年2月9日 05:30 ]

旗手の小笠原を先頭に行進する日本選手団

ソチ五輪開会式

(2月7日 フィシュト五輪スタジアム)
 ママさん旗手は堂々と大役を果たした。カーリング女子の小笠原歩は、日の丸を両手でしっかりと持ち、時折笑みを浮かべながら、力強い足取りで日本選手団の先頭を切った。終了後も興奮冷めやらぬ様子で「旗手という凄い経験をさせていただいて、一歩一歩感動をかみしめて歩いた。今までにない感動だった」と声を弾ませた。

 新時代を象徴する旗手だ。今大会の日本の選手数は113人でそのうち女子が65人。冬季五輪で初めて女子が男子を上回った。その代表にふさわしい存在として起用された。1月に打診された際には、メダリストでも世界記録保持者でもないのに大役を担うことに戸惑いがあったが「同世代の女性の代表という気持ちで戦いたい」と決意を固めた。カーリングの競技普及の役に立ちたいという思いも背中を押した。

 紆余(うよ)曲折を経てたどり着いた2大会ぶり3度目の五輪。チーム青森として02年ソルトレークシティー大会(8位)、06年トリノ大会(7位)に出場。その後に一線を離れて結婚し、10年のバンクーバー大会は、前年に生まれた長男(4)を育てながら、テレビで観戦した。

 「やっぱりプレーする側にいたい。欧米ではママ選手が当たり前。いつか戻りたい」。復帰への思いをかき立てられ、夫や親族らの協力を得て、11年にチーム青森時代の盟友・船山とともに北海道銀行で活動を開始した。当初は18年平昌(ピョンチャン=韓国)五輪出場を目指したが、昨年9月の世界最終予選日本代表決定戦で本命の中部電力を撃破。同12月の世界最終予選は苦しみながら、ソチ行きの最後の切符を勝ち取った。

 8年ぶりの大舞台。開会式を終えて実感が湧いたのか。「入場行進の時、降り注ぐ歓声を受けて“戻ってきたぞ”と感じた。こんなに早く戻れるとは思っていなかった」と感慨を口にした。

 11日の韓国戦から1次リーグが始まる。氷の上ではスキップ(主将)としてチームをけん引していく。日本女子の五輪最高成績は98年長野大会の5位。小笠原は5位以上を目標に掲げている。出発前には長男からメダル獲得をお願いされた。日本中の期待、家族の思いも背負うカーラーは「ママでもやれると証明したい」と意気込みを口にした。

 ☆冬季五輪最近の旗手と競技成績☆

 ▼80年レークプラシッド 若林修(アイスホッケー男子)11位タイ

 ▼84年サラエボ 高橋忠之(フィギュア・アイスダンス)17位

 ▼88年カルガリー 橋本聖子(スピードスケート)500メートル5位、1000メートル5位、1500メートル6位、3000メートル7位、5000メートル6位

 ▼92年アルベールビル 川崎努(ショートトラック)1000メートル16位、5000メートルリレー銅メダル

 ▼94年リレハンメル 三ケ田礼一(ノルディック複合)出場なし

 ▼98年長野 清水宏保(スピードスケート)500メートル金、1000メートル銅メダル
 ▼02年ソルトレークシティー 三宮恵利子(スピードスケート)500メートル11位、1000メートル17位

 ▼06年トリノ 加藤条治(スピードスケート)500メートル6位

 ▼10年バンクーバー 岡崎朋美(スピードスケート)500メートル16位、1000メートル34位

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2014年2月9日のニュース