美姫引退 涙の7位終戦も…愛娘の前で「自分らしく」原点回帰

[ 2013年12月24日 05:30 ]

演技を終え涙の安藤

全日本フィギュア最終日・女子フリー

(12月24日 さいたまスーパーアリーナ)
 現役最後と心に決めた演技だからこそ、原点に立ち返った。安藤は序盤の2つ目の連続ジャンプを3回転サルコー―3回転ループに変更した。自身最高難度の技にトライした結果は最初が1回転に抜ける失敗ジャンプ。「最後の最後は自分らしく終わりたいと思った。ジャンプの安藤美姫と言われた時の気持ちでやりたかった」。4月に出産した愛娘もいた会場。感情を抑えきれず、涙を浮かべて振り返った。

 10年前、この日と同じ「火の鳥」の旋律に乗り、4回転サルコーを決めて初優勝した。「神業」「逸材」「物凄い素質」。そう騒がれた少女の最大の輝き、スケーターとしての矜持(きょうじ)はジャンプにあった。

 SPを終えた前夜から悩み、直前の6分間練習でもなお迷った。「ミスなくきれいに滑ろうか」。しかし、無難よりこだわりを選んだ。競技者としての最後の意地も込めた挑戦に悔いはなかった。

 トリノ、バンクーバーと2度の五輪を経験し、07、11年世界選手権で2度、女王の座に就いた。「世界チャンピオンになるっていうのもうれしさ半分、つらさ半分」。長年連れ添ったコーチとの別れ、休養、出産、母としての復帰。波乱に富み、激しく燃えたスケート人生だった。「つらかったこともいっぱいありすぎる」。だからこそ最後ぐらいは、ただ楽しく滑り、跳べていた“あの頃”の気持ちに立ち返った。

 今後はアイスショーで滑ることはあっても、目指すのは指導者。「9歳でスケートを始めた時から、門奈コーチみたいなコーチになるのが夢だった」。最初に師事した門奈裕子コーチのように、五輪選手を送り出すことが夢だという。「感謝の気持ちでいっぱい。現役生活で、きょうが一番うれしかった」。うれしい記憶、悔しい思い、つらかった感情も火の鳥とともに燃え尽きた。17年のスケート人生の最後に、潤んだ瞳と一人の母親に戻った笑顔、新しい夢だけが残った。

 ◆安藤 美姫(あんどう・みき)1987年(昭62)12月18日、名古屋市出身の26歳。9歳でスケートを始め、02年12月のジュニアGPファイナルでは女子で史上初めて4回転ジャンプに成功。06年トリノ五輪は15位、10年バンクーバー五輪は5位だった。07、11年世界選手権優勝。11年10月のジャパンオープンに出場後休養。今年7月にテレビのインタビューで4月に女児を出産していたことを公表し、未婚の母としてソチ五輪出場を目指して復帰した。1メートル62。

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