4大会連続五輪へ…天満屋娘!強さの秘密は“先輩との時間”

[ 2012年1月30日 06:00 ]

<大阪国際女子マラソン>重友梨佐を笑顔で出迎えた天満屋の武冨監督(右)

大阪国際女子マラソン

(1月29日 長居陸上競技場発着42・195キロ)
 全力を尽くした愛弟子を、優しく抱きしめた。天満屋・武冨豊監督(57)は、「小学校の時から知っていて、早くから天満屋に行きたいと言ってくれていた子が結果を出してくれてうれしい」と静かに笑った。

 00年シドニー五輪7位の山口衛里さんに始まり、04年アテネ五輪7位の坂本直子、08年北京五輪13位の中村友梨香…。96年に天満屋の監督に就任し、3大会連続で五輪に代表を送り込んできた。重友の快走で、天満屋勢の五輪出場は4大会連続に伸びそうだ。

 五輪ランナーが築いてきた伝統が、強さを支えている。00年のシドニーには部員全員でシドニー近郊で合宿。アテネにはまだ無名だった中村を連れていき、北京には重友を帯同していた。夢舞台の雰囲気を肌で感じることで、次世代のエースが育ってきた。

 自身は現役時代に体験できなかった五輪舞台。教え子には修羅場を経験した先輩と過ごす時間を大事にさせ、貴重な財産とさせた。「五輪に出た先輩がいることで、普段の生活から勉強できる」と重友。山口さん、坂本、中村は兵庫出身だったが、重友は地元・岡山で生まれ育った。「これで“岡山の天満屋”と認められるんじゃないですか」と武冨監督は笑った。

 普段から特別なトレーニングを課しているわけではない。早朝は部員13人全員で約1時間のジョギング。午後は選手に応じたメニューを組む。

 「いいところを伸ばす方向で、悪いところは後回しですね」と指揮官。高校時代に華々しい活躍をした選手ではなくても、長所を伸ばすことで結果を出し、今は日本陸連女子マラソン部長の要職も務めている。

 「自分には我慢強くコツコツやる選手が合っている」。まだ手に入れていない五輪のメダルへ、愛弟子とともに一歩ずつ前進していく。

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