伊東大貴 151戦目ついにW杯初V!「人生の中で一番喜んだ」

[ 2012年1月29日 06:00 ]

W杯で初優勝し喜ぶ伊東大貴(右)

 ノルディックスキーのW杯ジャンプ札幌大会第1日は28日、札幌市の大倉山ジャンプ競技場で行われ、伊東大貴(26=雪印メグミルク)が134メートル、130メートルと安定した飛躍を2本そろえ、合計252・6点とし、02年3月のW杯初参戦から通算151戦目で初優勝を飾った。2位のバルダル(ノルウェー)とはわずか0・1点差。日本勢のW杯優勝は、09年3月クオピオ大会の岡部孝信(41=同)以来3季ぶりとなった。

 観客の声が、悲願の初優勝を教えてくれた。トップで迎えた2本目は130メートル。逃げ切るにはちょっと難しいと思った不安を打ち消してくれた。普段はあまり感情を表に出さない伊東も、思わず右手を何度も前に突きだした。わずか0・1点差。距離に換算すると5センチ余り。薄氷を踏む初優勝に「今までの人生の中で一番喜んだ」と声を弾ませた。8度目の表彰台で初めて真ん中に立ち、最高の笑みを浮かべた。

 日本勢としては、09年3月の岡部以来のW杯制覇。その岡部をはじめ、日本ジャンプ陣が最高に輝いた98年長野五輪時は小学生。長野・白馬村の競技場で生観戦し、競技を本格的に志した。それから14年。「勝てないんじゃないかと思われていたと思うし、途中は世界との差を感じた時期もあった。でも落ちても、ずっと勝ちたい目標があった」。昨夏は体幹を鍛え、膝への不安を解消。試行錯誤しながら、助走で力をスキーに伝えるポジションをつかんだことで成績も安定した。

 今季は2位2回、3位1回と“あと一歩”に泣いてきた。この日の1本目は飛び出しのタイミングが遅れ、2本目は空中動作のミスで浮力を受けるのにロスを生じた。決してベストではなかったが「一番トップに立ちたいヤツが地元でトップに立った」と斉藤智治ジャンプ部長(55)もエースを称えた。

 今季W杯総合トップ10のほぼ全員が参戦した中での価値ある優勝。14年ソチ五輪に挑む日本チームにとっても光が差し込んだ。「先輩たちの成績がモチベーションだった。また僕たちで築ければいいし、きょうはその第一歩」。日本のエースは浮かれることなく先を見据えた。

 ◆伊東 大貴(いとう・だいき)1985年(昭60)12月27日、北海道下川町生まれの26歳。冬季五輪2大会に出場し、個人は10年バンクーバー五輪ノーマルヒルで15位。世界選手権は07、09年の団体で銅メダル。16歳だった02年3月にW杯に初出場し、これまで2位3度、3位4度だった。1メートル73、58キロ。

 ≪日本選手V過去11人≫W杯ジャンプ導入は79~80年シーズン。日本選手はこれまで11人が優勝している。最多は葛西紀明と船木和喜の15勝で、3位が原田雅彦の9勝。岡部孝信が5勝、秋元正博が4勝、東輝、斎藤浩哉が2勝。長野五輪のあった97~98年は船木と原田が5勝するなど日本は12勝と圧倒。98~99年には葛西が日本選手シーズン最多の6勝を挙げた。09年3月、当時38歳4カ月の岡部は4勝目を最年長で飾った。

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