浅田真央の母・匡子さん死去…9日早朝に

[ 2011年12月9日 23:14 ]

母親の容態急変で、グランプリファイナルを欠場し帰国した浅田真央選手

 フィギュアスケート女子の浅田真央選手(中京大)の母、匡子さんが9日早朝、肝硬変のため名古屋市内の病院で死去したとマネジメント会社が同日、発表した。今夏から病状が悪化し、入退院を繰り返していたという。48歳だった。葬儀・告別式は近親者のみで行う。

 浅田はグランプリ(GP)ファイナルの開催地・ケベックの現地時間8日早朝に容体急変の連絡を受け、欠場を決め、佐藤信夫コーチとともに帰国の途に就いた。同日午後に帰国したが、間に合わなかった。

 匡子さんは、90年に生まれた次女、真央と、長女の舞の競技生活を支え、バレエの経験も生かした技術的なアドバイスも送った。浅田は女子で高度なトリプルアクセル(3回転半ジャンプ)を跳べる天才少女と呼ばれ、15歳で05年グランプリ・ファイナルに初出場優勝、2度の世界選手権制覇などと世界のトップ選手に育った。

 浅田は同い年のキム・ヨナ(韓国)に敗れた昨年のバンクーバー冬季五輪で銀メダルを獲得。誰に見せたいかと問われると「お母さんです」と答え、匡子さんが一番の理解者だった。五輪で金メダルを逃し、悔しさから涙が止まらない浅田に「応援してくれた方々がいる。いつまでも泣いていては駄目」と諭したのは匡子さんだった。

 幼少のころから毎日のようにスケート場へ車で送迎していたが、体調が悪化したからか、昨季から応援に駆けつける姿がなくなった。浅田は昨季オフに自動車教習所に通って免許を取得。母を頼らず、今季は乗用車を運転して中京大での練習に通うようになっていた。

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