昭和の大関昇進口上は短め…輪島は“ド忘れ”

[ 2011年12月1日 06:00 ]

 相撲協会によると、伝達式の口上が現在のように「謹んでお受け致します。…」という形が定着したのは昭和40年代ごろ。初代・若乃花(当時若ノ花、55年10月)は「ありがたくお受けします」、大鵬(60年11月)は「喜んでお受けします。これからも頑張ります」だけだった。

 稀勢の里の先代師匠、隆の里(82年1月)は「稽古に励み、健康管理に努め…」と病気がちな自分を戒めるために独特の口上を行った。また72年9月の輪島は“ど忘れ”のため「謹んでお受け致します…??」にとどまった。

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