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13人十両昇進!荒鷲と垣添 負け越しも昇進決めた!

<十両昇進力士発表>新十両の(左から)碧山、隆の山、荒鷲、華王錦、天鎧鵬、千代の国、飛天龍

名古屋場所番付編成会議

 日本相撲協会は25日、通常開催を目指す名古屋場所(7月10日初日、愛知県体育館)の番付編成会議を東京・両国国技館で開き、八百長問題による大量処分の影響で、戦後最多の13人の十両昇進力士(新十両7人、再十両6人)を決めた。技量審査場所で東幕下3枚目の荒鷲(24=花籠部屋)と、西幕下筆頭の垣添(32=藤島部屋)は3勝4敗と負け越したものの十両に昇進。負け越しでの昇進は戦後初の事態となった。

 負け越しても十両昇進。戦後初の珍事の主役となった荒鷲と垣添の2人は喜びいっぱいだった。

 新十両を決めたモンゴル出身の荒鷲は「実感が湧いてない」と戸惑いながらも、入門10年目で関取の座をつかみ「凄くうれしい」とはにかんだ。15歳でモンゴル相撲少年大会で準優勝。02年に鳴り物入りで入門したが、左肩に脱臼癖があって手術も経験した。八百長問題で同部屋の兄弟子、元幕内・光龍が引退しただけに「これからは引っ張っていかないと」と部屋頭としての自覚も見せた。

 初場所後に幕下に転落していた元小結の垣添は「正直うれしい。堂々と土俵に上がりたい」と笑顔。春場所が中止となり引退も考えただけに「十両と幕下は天と地の差。いい勉強をさせてもらった」と無給の幕下生活を終えた元学生横綱はホッとした表情を見せた。

 これまでの最多昇進記録は1947年夏場所の12人。八百長関与認定で17人の関取が4月に処分を受けて相撲界を去り、次の場所の番付は幕内と十両で東西1枚ずつ、計4人分が削減されるため、13人分の枠を埋める必要があった。審判部によると、幕下7枚目までは十両圏内との扱いだったという。荒鷲と垣添は3勝4敗だが、7枚目以内にとどまる成績だったため十両に吸収。荒鷲と最後の1枠を争った東12枚目で4勝3敗の旭秀鵬はあと1勝必要だった。

 貴乃花審判部長(元横綱、スポニチ本紙評論家)は「幕内、十両に空きがあったので、幕下上位が十両枠となり、番付の構成上で負け越した力士も十両になった。運をつかんだ力士はそれも実力のうち」と説明した。通常、新十両力士は師匠とともに所属部屋で会見を行うが、今回は人数が多いため両国国技館の大広間で個別に取材に応じた。何もかも異例ずくめだった。

 ≪過去には勝ち越しも据え置きあり≫過去には東幕下筆頭で勝ち越しながら昇進できなかった力士が6人いる。50年名古屋の天山と51年秋の玉嵐、66年秋の代官山は5勝したが、十両からの陥落力士が少なく据え置きとなった。また今回は十両最下位で6勝9敗だった剣武らが昇進者が足りずに残留しそうだが、十両最下位で負け越しながら残留した力士は、04年夏場所に西十両13枚目で7勝8敗と負け越したにもかかわらず同じ地位にとどまった若光翔がいる。

[ 2011年5月26日 06:00 ]

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