新日本プロレスにも“在籍” 31歳元格闘家が異色の転身

[ 2011年4月8日 13:36 ]

採用辞令を掲げる森角裕介さん

 レスリングのグレコローマン重量級で全日本選手権優勝3度、世界選手権出場2度を誇る森角裕介さん(31)が、難関の長野県立高校教員採用試験を突破し、1日から小諸に赴任した。日体大卒業後、アテネ五輪出場を狙って新日本プロレス・闘魂クラブで腕を磨いた異色レスラー。任地ではレスリング部監督に就任し、トップ選手の輩出を目指している。

 得意のローリングで日本一となり、世界のマットも経験した県レスリング界の至宝が、県立高校教員としてスタートを切った。森角さんは7度目の採用試験を突破。1日には県庁で任用辞令を受け取り、体育科教員として小諸に赴いた。「30代、40代は突っ走ってやっていきたい。ジュニアから選手を育てたい」と、元気いっぱいだ。

 県立高校では実に四半世紀ぶりに誕生したレスリング専門の教員。歩んできた道も確かな輝きを放ってきた。柔道を始めた浅間中(佐久市)での出会いがきっかけだ。

 レスリング学生王者だった塩川和仁顧問(現小諸東中)から勧められ、北佐久農ではレスリング部へ入部。塩川顧問の師でもある中嶋則行監督の下で基礎を学び、国体3位の実績を残した。実力をさらに伸ばしたのは塩川、中嶋両氏の母校・日体大に進んでから。大学3、4年とグレコローマン97キロで全日本選手権連覇。卒業後は新日本プロレス・闘魂クラブに所属してアテネ五輪(04年)を狙った。

 だが2年間の挑戦も実らず、県初の五輪代表を逃すと、今度は高校教員を目指した。新日本プロレスからプロレスラーとしてデビューする誘いもあったが、「厳しいけれど、人情味のある先生たちに憧れた」と、格闘家としての可能性を開いてくれた中学、高校時代の師匠を慕って信州へUターン。蓼科を皮切りに講師となり、小諸(北佐久農、臼田も兼務)では4年間、中嶋監督を副顧問としてアシストしてきた。

 新年度からは監督に就任。今後の目標は「恩師を超えたい」と「五輪選手を出したい」の2つだ。北佐久農を99年の全国選抜とインターハイで団体3位に導いた中嶋監督の偉業を塗り替えること、そして自身の果たせなかった夢を引き継ぐ才能を育てることだ。これまでと同様、選手たちに胸を貸しながら県レスリング界を引っ張る存在になりそうだ。 

 ◆森角 裕介(もりかく・ゆうすけ)1979年(昭54)11月13日、佐久市生まれの31歳。全日本選手権は日体大時代の00、01年、県協会として出場した04年に優勝。世界選手権は01、02年、アジア大会は02年、アジア選手権は01、03、05年に出場。2年前まで現役選手だった。

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