白鵬、5度目の20連勝…双葉山の4度を抜いた

[ 2011年1月16日 06:00 ]

<初場所7日目>栃煌山を寄り切り全勝を守った白鵬

 大相撲初場所は15日、東京・両国国技館で7日目の熱戦が展開された。横綱・白鵬が速攻相撲で栃煌山を寄り切り、昨年11月の九州場所3日目から続く連勝を20に伸ばした。20連勝は自身5回目で、双葉山の4回を抜いて昭和以降では単独4位となった。同じく全勝の栃乃洋は猛虎浪を上手投げで破って平幕で唯一の無敗をキープ。琴欧洲、把瑠都、琴奨菊、若の里の1敗勢4人はそろって白星を挙げた。

 特別な日に特別な存在を超えた。72年前の1月15日は白鵬が尊敬してやまない“昭和の大横綱”双葉山の69連勝がストップした日。その特別な日に自身5回目の20連勝を決めて、双葉山の4回を追い抜き「そう思えば何か(縁が)あるのかな」としみじみ語った。

 相手は立ち合い一気の寄りを得意とする23歳のホープ栃煌山。昨年の九州場所12日目には立ち合いから土俵際まで押し込まれた嫌な相手だった。だが、白鵬はその立ち合いで鋭く右を差し、大関候補の出はなをくじいた。

 その直後、相手がはたいてきたところで足を滑らせ、満員御礼の館内が一瞬どよめいたが「うまく足が出てくれた。体が動いているということでしょう」とそのまま寄り切り。相手の持ち味を強烈な立ち合いで殺した2秒1の横綱相撲だった。

 尊敬する気持ちに変わりはないが、今場所のテーマは“脱・双葉山”だ。双葉山が志したのは、どんな相手にも無心で闘える「木鶏」の境地だが、白鵬は今場所前に親しい関係者から「包丁(ほうてい)」という人物の逸話を教わった。

 包丁(ほうちょう)の語源となった中国の名料理人・包丁はある日、王の前で牛1頭を解体したのだが、骨、筋、肉の隙間に刀を入れて難なくさばいてみせた。刃こぼれさせず、同じ刀を19年間も使い続けた包丁の技に感銘を受けた王は、理にかなった行為をすることで人も天命を全うできると悟ったとされる。

 白鵬は「まだ深く感じられないですけど…」と試行錯誤しながら力ずくではなく無駄のない攻めをすることで強さを保ち長く横綱に君臨できると解釈。そういう相撲を理想に描くようになった。

 支度部屋では「あの時(先場所2日目)負けてなかったら何連勝?84かぁ…。そういうことにしときましょう!」と冗談も飛び出した。もはや6連覇は当たり前。おぼろげに見えてきた“白鵬スタイル”で伝説の69連勝に再び挑むことしか見えていない。

 ▽包丁(ほうてい)中国の「荘子」にある「養生主篇」の逸話に登場する名料理人。魏の君主・文恵君の前で1頭の牛を鮮やかな刀さばきで難なく解体した包丁は「ただ技や力でやろうとは思っていません。自然の摂理に従って骨、筋、肉の間にある隙間を見いだしたのです。だから、私の刀は19年使っていても砥石(といし)に当てたばかりのように輝いている」と答えた。これを聞いた君主は「養生(正しい生き方)を会得した」と喜んだという。

 ▽双葉山の69連勝ストップ 連勝記録がストップしたのは1939年1月場所4日目(1月15日)。初顔の安芸ノ海に対し、双葉山は得意の右四つから右すくい投げを仕掛けたが、そこで左外掛けを食い崩れ落ちた。その夜、双葉山は知人の思想家・安岡正篤氏に「イマダ モッケイタリエズ フタバ」と打電。「木鶏」は中国の古典に出てくる闘鶏の話に由来する。木でつくられたように見えるほど、どんな相手にも無心で戦える天下無敵の鶏のこと。

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