「イマダ モッケイタリエズ」その夜、双葉山は電報を打った

[ 2010年11月16日 08:40 ]

 【九州場所2日目】「不世出の横綱」「昭和の角聖」と呼ばれる第35代横綱・双葉山は1912年、大分県出身。27年に初土俵を踏んだ。右目がほとんど見えないハンデを抱えながら12回の優勝を飾った偉大な力士だった。不滅の連勝記録は36年1月場所7日目に始まった。当時は年2場所で、翌37年と、横綱に昇格して臨んだ38年も勝ち続け、5場所連続で全勝優勝した。

 連勝が69でストップしたのは39年1月場所4日目(15日)。相手は初顔合わせで入幕3場所目の安芸ノ海。双葉山は得意の右四つになったが、相手に食いつかれた。右すくい投げで打開しようとしたが、そこで左外掛けを食い崩れ落ちた。出羽海一門が大学卒の笠置山を中心に対策を研究。右目がほとんど見えない双葉山の右足を狙うことを指示。安芸ノ海はその通りに戦い金星を挙げた。

 その夜、双葉山は知人の思想家・安岡正篤氏に「イマダ モッケイタリエズ フタバ」と電報を打った。「木鶏」は中国の古典に出てくる闘鶏の話に由来する。木でつくられたように見えるほど、どんな相手に対しても無心で戦える天下無敵の鶏のこと。安岡氏からその話を聞いた双葉山は「木鶏」を志向。電報で精神的な未熟さを反省した。

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