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【さくらいよしえ きょうもセンベロ】昭和の団地で世界旅行

[ 2019年4月12日 12:00 ]

店長の桐山正明さん(左)と奥さんの富士子さん (撮影・西川祐介)
Photo By スポニチ

 昭和レトロな都営団地。でも名前は「明治パーラー」。パーラーだけどパフェはない。おすすめはインドネシア風のおかゆにあま~いナポリタン、そしてチヂミに豚ロースのソテー。

 「コレかけて。私辛いの好きナノヨ」。奥さまが差し出す特注ハバネロソース。 

 ほとんど場当たり的ともいえるカオスなグルメの世界旅行の始まりだ。

 壁には、「人生を無意味にすごしてはならない」(聖書)という手書きの貼り紙があった。

 続いて「老人にはまじめで落ち着いた生活をするように勧めなさい。大酒を飲まないように」。「大酒を飲まないように」はマスターが加えた。

 マスターは可愛いビー玉のような瞳をしている。17歳の時、野宿の旅でおまわりさんの世話になり、高校を中退したところから、彼の料理道50年が始まる。

 「当時勤めたイタメシ屋は月給7万円で1日13時間働いたねえ。料理学校出た年下からは呼び捨てにされるし、コンプレックスあったなあ」。しかしそこでコックのチーフまで上り詰める。

 花に浮かれて時間旅行を。センベロライター・さくらいよしえが降り立ったのは東京メトロ辰巳駅。駅からほど近い団地には昭和の薫りが色濃く残っていた。そして訪れたのは「明治パーラー」。平成の終わりにほろ酔う午後。

 一時期、月給の良いインドネシア料理店に移るが、それはまさに神のお導き。インドネシア人の奥さまと出会うのだ。「そこで働いていた姉に、“彼は普通の人と違う。凄く優しい”って紹介されて。日本語分からないしデートしても無言。手をつないでも無言。ずっと無言。でも通じるの。ホントに普通の人と違った」

 そんな愛に包まれたパーラーには、朝から10時間いる(飲む)人もいる。閉店を告げると「ばかやろー」と捨てぜりふを吐いた常連2人組は、マスター、さすがに腹が立って追っかけた。

 「若い方を引っ張ってって、“今からあなたを殴るフリをするから、ごめんなさいって謝って”って。もう1人の年寄りもそれを見て、きっと反省するから頼むよって」

 マスターは言う。「酔って人が変わるのは悪魔のせい、悪魔が悪さしてるだけだから」。ただし、ツケだけはキッパリお断り。

 「団地の言い伝えがあるのよ。ツケができる店が1軒だけあるんだけど、ツケをためた客は(そのまま)皆死んじゃうって」

 マスターは恐ろしい都市伝説を笑顔で語った。 ハバネロが効いてきた。汗が首を伝う。そしてじわじわ引き込まれるオモシロ魔力。お酒をもう1杯…。や、私じゃなくて悪魔がそう言うんです。 (さくらい よしえ)

 ◆明治パーラー 開店して50年。店主の桐山正明さん(67)が富士子夫人(59)と、2代目から店を受け継いだのは15年前。元々同店の常連だったのが縁。有楽町のガード下にあった人気イタリア料理店の厨房(ちゅうぼう)でチーフを務めた料理の腕は確か。現在は通常提供するメニューを縮小しているが、「予約してもらえればイタリア、インドネシア料理など何でも作りますよ」。隠れた名店と言っても過言ではないだろう。東京都江東区辰巳1の9の49のA104。(電)03(3521)2050。営業は午前9時半から午後7時ごろまで。

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