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【全国ジャケ食いグルメ図鑑】「まるけん食堂」時代に流されない“相席定食屋”

[ 2017年6月30日 12:00 ]

吉祥寺「まるけん食堂」の昔ながらのジャケット
Photo By スポニチ

 人気ドラマ「孤独のグルメ」の原作者、久住昌之さんが外観だけで店選びをする「全国ジャケ食いグルメ図鑑」。1960年の創業から半世紀以上にわたり、おいしくて激安の定食を提供してきたのが東京・吉祥寺「まるけん食堂」。お客さんから「値段上げたら」と言われちゃうほどで、店構えにも清貧さが表れています。

 どうです、このシンプルさ。テント看板のスカスカ具合。

 中太丸ゴシック字体の「まるけん」に漂うユーモアと真面目さ。電灯看板の「大衆食堂」の水色と「まるけん」の赤のかわいらしさ。のれんの「味の店 定食」という実直さ。

 レンガ風外壁のマンションの一室に取り込まれてなお残る、昔ながらの雰囲気。この店が悪いわけが無い。

 実は昔からこの店を知りながら、ここ20年近くもご無沙汰していた。仕事場のある吉祥寺にありながら歩いていくにはちょっと遠い。この連載の締め切りが来て「そういえば」と思いつき、行ってみた。

 20年前は「ジャケ食い」という言葉がまだボクの頭に思い浮かんでなかった。こうして行ってみて、この店構え(ジャケット)を確認したときのうれしさ。ああ、そうだった。こうだった。いいじゃないか。マンションに入る前にも行ったことがあったが、もう思い出すことができない。

 のれんをめくり、店に入る。まだ午前11時半ということもあって、お客さんは3人組の大学生と中年男性客1人だった。

 4人がけのテーブルを並べて8人がけにしたテーブル席と、4人がけのテーブルと、並んで食べる2人がけのテーブルだけ。満員でも14人しか入れない小さな店だ。昼時は必ず相席になる。それがここの法律だ。ボクは個人店はひとつの国で、それぞれ王様(店主)がいて、王様の作った法律があって、客はそれに従うべきだと思っている。

 この日の日替わり定食は「銀ダラバター焼きと春巻」だった。600円。安い。とんかつ定食480円。ハンバーグ定食530円。カレーライスと玉子丼はなんと430円だ。

 ボクは「ニラレバ炒め定食」430円に180円の冷奴(ひややっこ)を付けた。この冷奴が豆腐一丁の豪快さで、思わずビール中瓶を頼んでしまう。同じく180円のコロッケ(2個)や生揚煮や生野菜にもひかれる。野菜スープ170円。

 ニラレバ炒めは量は少なめだったが、十分おいしい。薄味なのが年齢的にありがたい。

 後から来た客が「トンカツ定食と野菜炒め」と言っている。えぇ?と思ったが、このレバニラの量ならそれもいいかもと思って野菜炒め230円も追加。頼んで正解。途中から酢をかけて食べるのが好き。

 後から後から客が入ってくる。客層はバラバラ。どんどん相席になる。でも店員のおばちゃん(といったら失礼か)はすごく親切で感じいい。お客さんで「おばあちゃん元気?」と言ってる人もいた。そう言えば、おばあちゃんいたな、と思い出す。そしたら厨房(ちゅうぼう)からちょっとだけ頭が見えた。誠実そうなおじちゃんが作っている。

 イマドキは「相席が嫌だ」だの「ボリュームが少ない」なんて言う人も多そうだが、そんな人は行かなくていい。ボクは飾らないこの国が好きだ。そう考えていたら、ジャケットは国旗のようだな、とも思えてきた。誠実で清貧なこの国よ、永遠なれ。

 ◇まるけん食堂 創業57年。最も安い390円定食はコロッケ(2個)、メンチカツ、生アゲ煮、ナスイタメなど。一番高い焼肉定食でも600円。東京都武蔵野市吉祥寺東町1の6の14、JR吉祥寺駅北口徒歩9分。0422(22)4250。営業は午前11時〜午後3時、午後5時〜午後9時30分。月曜定休。

 ◆久住 昌之(くすみ・まさゆき)1958年、東京都生まれ。漫画家、漫画原作者、ミュージシャン。81年、和泉晴紀とのコンビ「泉昌之」として月刊ガロにおいて「夜行」でデビュー。94年に始まった谷口ジローさんとの「孤独のグルメ」はドラマ化され、新シリーズが始まるたびに話題に。舞台のモデルとなった店に巡礼に訪れるファンが後を絶たない。フランス、イタリアなどでも翻訳出版されている。

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