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“大川小の悲劇”を語り継ぐ父 「娘たちと一緒に走りたい」 26日聖火リレースタート

[ 2020年3月9日 09:00 ]

 五輪の幕開けとして26日から始まる聖火リレーに、宮城県石巻市で東日本大震災「大川小の悲劇」の語り部として活動する男性が出走する。小学校で津波にのまれた娘たちの思いとともに走り、持ち帰った聖火を校舎の跡地にともすつもりだ。(岩田 浩史)

 北上川のほとり、今は土だけが広がる場所に、コンクリートの校舎がかろうじて原形をとどめて立っている。「大川伝承の会」共同代表・鈴木典行さん(55)は校舎を背に「津波はこの辺りで渦を巻き、洗濯機の中のような状態だったようです。周囲にあった家は1軒もなくなり、粉々になって散らばっていました」と、今も忘れられない「地獄のような風景」を語り続けている。「私の娘、小6の真衣もここに通っていました」。当時12歳の次女を亡くした無念を、訪れた人は言葉もなく聞いていた。

 聖火リレー出走が決まったのは昨年12月12日。選出を告げるメールが届くと、鈴木さんは真っ先に真衣さんに「やったよ」と心の中で語り掛けたという。

 出走を思い立ったのは、大川小の子供たちに聖火を見せたかったからだ。「最初は学校の近くを通るコースになれば良いと考えたけど、自分が出て真衣たちと一緒に走りたいと思うようになった」。ここで起きた悲劇をいま一度、世界に発信するきっかけになればいいとも思った。

 9年前の3月11日、鈴木さんは石巻市内の勤務先で、あの揺れに遭った。真衣さんと大川小が気になったが、津波で陸路は断たれ、たどり着いたのは2日後の13日だった。

 語り部活動で語られる、捜索風景は凄絶だ。でこぼこした原っぱとなった場所はその日、流された家の残骸や自動車、流木…そして土砂で埋め尽くされていた。そこから、子供たちの遺体が次々に見つかった。保護者や地元消防団はスコップやツルハシを持参したが「そんなものが子供たちに刺さったらどうすんだと。軍手をした程度の手でガレキをどけ、土を掘るしかなかった」。

 午後3時を過ぎ、この日の捜索を打ち切ろうとの声が上がっても鈴木さんは捜し続けた。「誰かの足が見えた気がした。周りの人は“もういないよ”って言ってましたけどね」。冷たい土を掘り続けると、小学校の上靴が見えた。「ほら!いるよ」。声を上げた直後に見えたのは、かかとに書かれた「真衣」の文字。「なんで真衣なんだ!と気が狂いそうになって叫んでいた」

 真衣さんとは、大川小のミニバスケチームで、コーチと選手の間柄でもあった。中学からバレーボールを続け、30代半ばまで仲間と市の大会などに出場していたスポーツマン。バスケ経験はないが、真衣さんが小4でミニバスを始めると同時にコーチに就任。週3回指導した。自宅の庭には自作のバスケットゴールを設置。真衣さんの自主練を手伝うこともあった。「チームで厳しく指導したから“家ではうるさく言わないで。ボール出しだけやって”と言われてた」。笑顔も怒り顔も、今はただいとおしい。

 「子供は大人が守ってやらなくちゃ。津波が来たらとにかく逃げなくちゃ。あんなこと絶対あっちゃいけない」。大川小の悲劇と教訓を伝えるため、語り部を続けている。

 震災後はコートを離れた。近くの小学校からコーチの依頼もあったが「亡くなった教え子たちの姿が重なり、どうしてもできなかった」と断った。今は自転車にハマり、県内を走り回っている。今年は8月に「ツール・ド・東北」で最長の220キロに挑戦する。加えて週に1度はジョギングで90分走もこなしている。聖火リレーで走る200メートルに体力面の不安は全くない。

 鈴木さんが走るのは6月20日。気仙沼市から南三陸町、石巻市、女川町のどこを走るかは未定だが、やはり石巻市が有力だ。同市では、駅前付近の市街地コースと、市の総合運動公園そばの2コースがある。「公園の方を走りたい。子供たちと一緒に花火大会を見に行ったりと思い出もある」

 当日は真衣さんが小学校で付けていた名札をつけ、ミニバスコーチ時代のバスケットシューズを履くつもりだ。「バッシュは重いんだけどね。200メートルなら大丈夫でしょう」。走り終えたら大川小に直行する。「トーチは購入できるし、学校に持ち帰ります」と、真衣さんたちに聖火を見せてやるつもりだ。

 《児童74人・教職員10人が死亡または行方不明》大川小では地震発生から約50分、全校児童108人のうち77~78人が校庭にとどまった。避難を始めた数十秒後に津波にのまれ、児童74人と教職員10人が、死亡または行方不明となった。すぐそばに児童らがシイタケ栽培の体験学習で登り慣れた山があり、学校側の判断が疑問視された。遺族らが市と県に損害賠償を求めた裁判は18年4月、仙台高裁が約14億3600万円の支払いを命じた。昨年10月、最高裁が市と県の上告を退け、判決が確定した。大川小は18年3月で閉校し、近隣の二俣小と統合。被災した校舎は震災遺構として保存される。

 《宮城県は6・20~22》今大会の聖火は12日、ギリシャのオリンピア遺跡で採火される。ギリシャ国内でのリレーを経て、宮城県東松島市の航空自衛隊松島基地に20日、空路で到着。国内のリレーは26日、福島県のJヴィレッジ(楢葉町・広野町)からスタート。ゴールは東京都庁で、7月24日到着予定。宮城県は6月20~22日。

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2020年3月9日のニュース