安部譲二さん 知られざる数々のアウトロー伝説 名門高通いながら組員

[ 2019年9月9日 05:30 ]

安部譲二さん死去

作家の安部譲二さん=1987年3月撮影
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 世間に出る前の安部さんの半生はまさにアウトローそのものだった。麻布小・中、慶応高と名門に通いながら「安藤組」にスカウトされ、幹部宅に住み込みで入門。同組解散後には「小金井一家」に転じた。逮捕は40度以上、14度の有罪判決を受けたとされる。

 性の目覚めは早く、中学2年で江戸川乱歩主宰の雑誌に官能小説を投稿。中学で英ロンドンに留学し、留学生と性行為に及び退寮処分となった。「惚(ほ)れやすい性格」で、日航ではキャビンアテンダントと2人続けて結婚。「結婚は何度目か分からない」と話していたが、美智子さんは地方の仕事に必ず同行させるなど、仲睦まじい姿を見せていた。

 交友関係も広く、故橋本龍太郎元首相とは麻布中の同級生で、作家デビュー後はよく酒も飲んだという。作家の三島由紀夫の用心棒を務め、ペンネームの「譲二」は三島が安部さんをモデルにした小説から取られた。故石原裕次郎さんら芸能人、元プロ野球選手の江夏豊氏らとも接点を持った。ユーモアあふれる豪快な性格で先輩や後輩からも愛された。

 88年には母の通夜で「迷惑の掛け通しだった」と涙を浮かべた。猫好きな一面もあり、猫をよけようとしてバイクで転倒、左足を7針縫うケガをしたことも。近年は笑顔で猫を抱く写真をホームページに掲載していた。

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