辛口評論家 竹村健一さん死去 89歳「だいたいやね~」、一九分けでパイプくゆらせ人気に

[ 2019年7月12日 05:30 ]

パイプを持つ竹村健一氏
Photo By 共同

 「だいたいやね~」で始まる関西弁の辛口コメントで知られる評論家の竹村健一(たけむら・けんいち)さんが8日午後7時38分、多臓器不全のため東京都内の病院で死去した。89歳。大阪府出身。近親者で密葬を行った。喪主は長男真一(しんいち)氏。

 真一氏によると、80歳で引退してからも度々講演に招かれ、時事評論などをテーマに弁舌をふるった。旅行やスキーにも出かけ、テニスは85歳近くまで続けていた。数年前には「いい人生やったあ」と関西弁で満足げにつぶやいたこともあった。真一氏は「ずっと活動的に動いていて、あまり人生を振り返ることがなかったので強く印象に残りました」と明かした。

 最近の約2年間は入退院を繰り返し、誤嚥(ごえん)性肺炎などで危険な状態になったこともあったという。「いつも笑いの絶えない病室だった。回復力で私たちを驚かせてくれた。最期は家族に見守られ、旅立った」とのコメントも発表した。

 竹村さんは「英文毎日」記者として活動しながら英会話入門書やラジオの台本を執筆。60年代後半から本格的な評論活動を始めた。「世相講談」「竹村健一の世相を斬る」などのテレビ番組では関西弁の分かりやすい時事解説とクセのある長い髪を“一九分け”にしてパイプをくわえた独特の風貌で人気を博した。

 CMにも数多く起用された。手帳を持って「私なんかコレだけですよ」と言い放ち、辞書付き腕時計を着けて「こういうのをウオーキングディクショナリーと言うんやね」と評するなどインパクトを残した。81年には名言をちりばめた音楽アルバム「ぼくなんか これだけですよ。竹村健一の手帖」を発売。「マクルーハンの世界」など500冊以上の著書があり、2003年には国税庁が発表する高額納税者番付で92位に入った。

 ◇竹村 健一(たけむら・けんいち)1930年(昭5)4月7日生まれ、大阪市出身。京都大英文科卒業後、第1回フルブライト留学生として米国のエール大、シラキュース大大学院で学ぶ。「英文毎日」記者を経て山陽特殊製鋼調査部長、追手門学院大助教授を歴任した。89年第5回「正論大賞」を受賞した。

 《生島ヒロシ悼む、TBS新人時代「君面白いね!!」》竹村さんと親交があったフリーアナウンサー生島ヒロシ(68)が思い出を語った。1976年にTBSにアナウンサーとして入社してすぐに竹村さんにインタビュー。「何でもズバズバ質問して。そしたら“君面白いね。気に入った”と、その足でホテルニューオータニへ朝食に誘ってくださった」と振り返った。それ以後、竹村さんの箱根の別荘にも招待されるほど親しい関係になった。

 「テレビに出ながら、ビジネスもする、本も書く、投資もする。竹村さんのようにマルチに活動したいと思わせてくれた」という。「“アメリカでは”とか“海外では”とか、今で言うグローバルスタンダードを持ち込んで日本を変えようとした方でもあった」と功績を称えた。

 ▼新党大地鈴木宗男代表 91年にテレビ番組に出演した時、私が“日本のシンドラー”と呼ばれた杉原千畝氏の名誉を回復させたことを「叩き上げの政治家だからできた」と30分間も褒め続けてくれたことが忘れられません。竹村さんの生きざまは信念があった。天国で師・中川一郎先生とゆっくり昔話をしてほしい。

 ▼小池百合子東京都知事(世相講談でアシスタントを務めた)テレビ番組でもご一緒し、大変学ばせていただきました。お亡くなりになられたとの報に接し、大変残念に、また寂しく感じております。

続きを表示

「ジャニー喜多川」特集記事

「第101回全国高校野球選手権大会 各地区結果」特集記事

2019年7月12日のニュース