【イマドキの気になる現場】再開発後も渋谷桜咲かせたい

[ 2019年3月25日 05:30 ]

桜丘町の再開発区域では解体工事が行われている(撮影・安田健二)
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 「100年に一度」と言われる再開発が進むJR渋谷駅周辺。真新しいビルが続々と建設される中、駅南西に広がる桜丘エリアでも1月から再開発事業がスタートした。一連の大規模事業のトリを飾る同エリア。住民自慢の桜が見頃を迎えた中、あちらこちらで重機がうなりをあげていた。 

 桜丘町へ向かうためJR渋谷駅西口へ降り立ったのは今月下旬。国道246号を挟んでいるため、歩道橋を渡らなければならない。直線距離で100メートル足らずだが、やけに遠く感じる。ついつい「横断歩道はできないものか…」と愚痴がこぼれてしまった。

 歩いて5分ほどで現地に到着。桜丘のシンボル「さくら坂」には薄ピンクに色づいた桜が咲き始め、春の訪れを告げていた。

 1月から再開発区域で解体工事が始まって2カ月あまり。区域内は白いフェンスで仕切られ、その奥で重機が「ゴゴゴ」「ガラガラガラ」と豪快な音を立てて建物を取り壊していた。

 飲食店や集合住宅など約60棟は昨年末までに一斉に立ち退いていた。創業から半世紀にわたって愛された大衆酒場や老舗のジャズ喫茶など昭和を色濃く感じさせた街並みは消え、中島みゆき(67)らがレコーディングスタジオに使った旧渋谷エピキュラスは作業員の朝礼場所になっていた。重機の動きが止まると、たちまち辺りは静寂に包まれる。近くにあるスクランブル交差点の喧騒(けんそう)がウソのようだ。

 桜丘は別名「海江田山」とも呼ばれた丘陵地。明治時代に桜の木が植えられて住宅地として開発されてきたのが地名の由来だ。この地で生まれ育った写真家の東松友一さん(82)は「小さい頃は丘の上で三角ベースをやって、ボールが下の道路まで転々としていったもんだ」と懐かしむ。

 潮目が変わったのは1964年東京五輪に向けた道路整備だ。東松さんによると、かつて246号は幅が50メートルあったことから「50メートル道路」と呼び「車の往来も少なく歩いて道路を横断できた」。それが交通量の激増で駅との行き来が容易にできなくなった。

 “分断”による影響は大きかった。駅の乗降客はスクランブル交差点方面に流れるようになった。その半面、地価の高騰が抑制され、「センター街に比べて地価が3分の1程度の土地もある」と地元不動産業者。古くからの住宅街としての側面を残しつつ、専門学校や芸術教室が並ぶ文教地区にも指定。東松さんが「住民がゆとりのある大人の街の発展を望んできた結果だよ」と胸を張るように、駅から至近距離にあるにもかかわらず閑静な雰囲気が醸成された。

 施工者の渋谷駅桜丘口地区市街地再開発組合も「いまの桜丘の持つ雰囲気や魅力を大切にしつつ、再開発を目指しています」と住民の思いと同調している。その上で、大きな柱に掲げるのが分断の解消。文字通りの丘陵地だけに、区の公共施設など坂の上にある建物は多い。整備計画では、駅に新設される改札(3階レベル)から丘の上まで平たんな歩道デッキを整備。さらに地下から地上へエスカレーターやエレベーターで人を縦方向に運ぶ「アーバン・コア」も設置する。道路による分断や高低差を一挙に解消することで、他の周辺地域に後れを取っていた歩行者の回遊性向上につなげるのが狙いだ。2023年には拠点になる複合ビル3棟が誕生し、新たな“まちびらき”へ向かう。

 一方、現地を歩いて気になったのは区域内に含まれていた桜4本の行方。ヤナギから植え替えられて30年近く住民から愛されてきた。東松さんらは植え替えを要望してきたが、再開発組合によると、樹木医に診察してもらった結果、桜自体が移植に耐えられないことが判明し、伐採されることになった。再開発組合は、住民側の「新設する区道には桜を植えてほしい」との要望を受け「行政機関と今後協議を進めてまいります」としている。毎年桜まつりを開催する地元商店会「渋谷駅前共栄会」の青山強志会長(68)は「再開発後は駅から徒歩1分で桜に合える場所になる。こんな場所は都心には他にありませんよ」と桜との共生に期待を込めた。

 渋谷駅の一帯では、国際競争力や防災機能を強化した新時代のまちづくりが進む。大規模な再開発事業としてトリを飾る桜丘で新たな“花”が開くのが今から待ち遠しい。

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