大槌 再建ホテルに感謝の石碑完成 両陛下にお見せしたい“復興のハマギク”

[ 2019年3月12日 05:30 ]

三陸花ホテルはまぎくから一望できる波板海岸
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 死者1万5897人、行方不明者2533人の被害が出た東日本大震災は11日、発生から8年を迎えた。発生時刻の午後2時46分、被災地で、全国各地で黙とうがささげられた。多くの災害に見舞われた「平成」はあと50日で終わる。被災地へ寄り添い続けた天皇、皇后両陛下にゆかりのある岩手県大槌町のホテルは「平成の架け橋」と名付けた碑を建立。次は大災害のない時代へ。切なる願いが込められている。(安田健二)

 天皇、皇后両陛下が大槌町を訪れた際、2度宿泊された「三陸花ホテルはまぎく」。浪板海岸を一望できるテラスに「平成の架け橋」と名付けられた石碑が完成した。

 両陛下が97年と16年に宿泊されたことを示す2本の御影石の柱。その上に「平成の架け橋」と書かれたアルミ製のアーチと鎮魂の鐘。両脇には「大いなる 災害受けし 岩手県に 人ら集ひて 国体開く」「わが君の いと愛でたまふ 浜菊の そこのみ白く 夕闇に咲く」など両陛下が詠まれた3つの和歌を刻んだ。設置した千代川茂社長(66)は「我々の町が復興した姿を両陛下にご覧になっていただくのが私の夢です」と力を込めた。

 あの日、ホテルで津波にのまれ仮死状態に陥り、奇跡的に息を吹き返した。宿泊客も無事だったが、社長だった兄の山崎龍太郎さん(当時64)、女将で妹の緑さん(同53)ら従業員5人が犠牲になった。

 経営を支えた兄妹を一気に失い、自身は千葉県内の仮設住宅に身を寄せた。10億円という再建資金が重く、営業再開は困難だと思っていた。

 先の見えない日々に光が差したのは1枚の写真。11年10月に宮内庁が公開した写真で両陛下は御所に咲くハマギクを観賞されていた。実は97年、同ホテルに宿泊された際、浪板海岸に咲くハマギクを大変気に入られ、山崎さんが御所へ苗を贈ったという。

 「逆境に立ち向かう」。これが花言葉だった。自分たちへのエールだと受け止めた。国のグループ補助金を活用し、13年に再建。名前も「浪板観光ホテル」から「はまぎく」へ改名した。両陛下は16年9月、岩手国体開会式に出席するため同ホテルへ再び宿泊された。「頑張りましたね」と皇后さまからねぎらわれたことが千代川社長は今も忘れられない。

 大槌町では鉄道や復興道路などインフラの整備は進む半面、「復興という旗印がなくなってから我々はどうやって生きていくのか」と悩みは尽きない。立地を生かした「タラソテラピー(海洋療法)」など観光誘致のアイデアを温めており「両陛下がお見舞いしてくださった時、まだ町は復興の半ばだった。新たな元号になり、新しくなった町をお見せしたい」と前を向く。

 地域活性策として今後期待するのが浪板海岸の再生だ。震災による地盤沈下で町民の自慢だった白い砂浜が消失。海開きはいまもできていない。それでも、徐々に砂が戻り始めていることが明らかになり、今年から3年計画で再生事業が動きだす。「両陛下が約20年前にご覧になった美しい風景を再びお見せすることができれば」。逆境を乗り越えた先に新しい花は咲くはずだ。

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