【コラム】山内雄司

見通しが甘かった名古屋 困難と向き合う覚悟が必要

[ 2016年11月4日 15:00 ]

サポーターのブーイングを浴びた名古屋・久米社長。次期監督は白紙状態

 名古屋がJ2へ降格した。クラブは岐路に立たされている。

 バックナンバーにもあるとおり、筆者は2月25日付で『名古屋 幾多の困難が待ち受けるはず』とのコラムを記した。そこでは監督兼GMとして“改革元年”に挑まんとする小倉隆史氏への個人的な思い入れによる期待と同時に、この人事とチームの戦力に対する大いなる不安を綴った。

 図らずも危惧は的中してしまった。クラブのレジェンドである小倉氏は“全権”を剥奪され、失意のうちに愛するクラブを離れる事態となり、泥沼の状況にあっても「絶対に代えない」とまで断言していたはずの久米社長は、発言を翻意しながらクラブに残っている。改革は元年から大きく躓いた。その責任はどこにあり、失敗をどう総括するのか。そして、反省をいかにして今後に活かしていくのか。明確にしていかなければならない点は山積する。

 4月に筆頭株主であるトヨタ自動車が出資比率を高め、クラブはトヨタ自動車の子会社化された。累積赤字を一掃し、経営基盤を固める策であったが、その効果は肝心の現場には波及しなかった。もっとも、改革には痛みが伴うものであり、だからこそ長期的な視野が必要であったわけで、小倉氏をシンボルに据えて着実に積み上げていこうとする狙いが悪かったとは言い切れない。ただ、見通しが甘かった。甘すぎたといってもいいかもしれない。

 実際、小倉氏はGMとして機能していたのだろうか。久米社長、チーム統括部部長の松本氏との役割の違いがいまひとつはっきりしなかった。必ずしも仕事内容や線引きを公にする必要はないだろうが、監督兼GMという名称による責任の重さがむしろマイナスに働いてしまったように見える。

 7月31日に行われたサポーターズミーティングでは、闘莉王にチームに残ってもらうための交渉を重ねていた、それは小倉氏も同様だった、と久米社長は語っていたが、そうだとしたらチーム作りは早々に失敗していたことになる。ジュロブスキー現監督の招聘も、あくまでも小倉氏へのサポート体制を強化する一環として語られていたが、今となっては言葉通りに受け取ることはできない。小倉氏がそれを望み、あるいは受け入れたとしたら、兼任とはいえGMである以上、小倉氏本人の口からその経緯を語るべきではなかったか。しかし、ミーティングに彼の姿はなかった。サポーターに「小倉氏で行く」と説明しながら、1か月も経たないうちに監督の交代劇が起こり、闘莉王の復帰が発表される。監督兼GMとは何であったのかという話になる。

 開幕前のコラムでこう書いた。

 「闘莉王や牟田、本田らが去った。外国籍選手も入れ替わった。特に闘莉王の存在は大きく、その影響は大きいだろう」

 誰もが感じていたことだ。そして、彼が絶対に必要であったことは現在のチームを見れば分かる。小倉氏が責任を取らざるを得ない成績であったことは事実だが、「全力でサポートする」という命題がどこまで果たされていたのか。その総括がなされないままでは、今後も同じ轍を踏む可能性が残る。

 クラブやチームの運営は紆余曲折、困難な事案が次から次へと湧き上がってくるのは理解する。ただ、だからこそ芯が通っていないと、その場凌ぎの対応に手を煩わされ、改革は進まなくなる。

 今季の開幕前、もっとも注目するクラブとして名古屋を取り上げさせてもらった。そして現在、やはり注目すべきクラブであるという思いは変わらない。現在そしてこれから、クラブが、チームが、どのような姿勢をピッチ内外で見せてくれるのか。

 今季のスローガンは『信頼』であったが、皮肉なものとなってしまった感はある。失ってしまったそれを取り返すのは、これまで以上に困難と向き合う覚悟が必要とされるだろう。

 名古屋のことを書いた。不安に感じつつ、大いに期待している。(山内雄司=スポーツライター)

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