【コラム】山内雄司

協会こそ時代遅れ 真摯に現実と向き合うべき

[ 2016年3月17日 05:30 ]

ベトナム戦の試合後サポーターにあいさつする、なでしこイレブン
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 人の心は移ろいやすい。膨大な情報の波とともに、時間は否が応でも流れを止めない。そんななかでひとつの事項に想いを留めておくことはなかなかに難しい。ましてやそれがネガティブな事項であれば、むしろ忘却もよしとする思考に傾くものなのかもしれない。

 なでしこジャパンが五輪地区予選で敗れるという衝撃も、やがては薄れていくだろう。事実、あれほど紙面を賑わした敗戦検証も一段落し、どうも“ひとつの時代が終わった”で片付けられようとしている空気が感じられる。

 紛れもなくショッキングな終焉を、しかしどれほど指摘した人がいただろうか。確かに長きに渡る体制と、進まぬ世代交代を危惧する声も多かった。それでも地元開催ということもあり、多くの人が予選敗退とまでは予想してなかったはずだ。ところが、世界一を目指したチームは、あっけなく散った。繰り返す。チームは世界一を目指していたはずではなかったのか。

 澤が、宇津木がいなかったからだ。ベテランと若手の溝があったからだ。監督の起用、采配が悪かったからだ。若手が伸びなかったからだ。

 敗れ去った今なら、どれもこれも一理あると言えるかもしれない。しかし、負けに乗じて後付けで騒ぎ、ひとつの時代の終わり、厳しくも新たな時代が幕を開ける、と、想いを移行させてしまうのはどうかと思う。

 イチから出直す新生なでしこに期待するのは当然だ。でも我々は、世界で羽ばたくはずだったチームの悲劇を、出来る限り風化させず、出来る限り悲劇に向き合って教訓としなければ、宮間キャプテンをはじめ、多くの夢を醸し出してきた選手たちが語るような「女子サッカーを文化に」という世界は訪れなくなる。

 驚かされたのは、事実上の敗退となった中国戦後の大仁会長のコメントだ。

 「やっぱりこのチームは古い。もっと若いチームに変えていかないといけない」

 新橋駅前の酔っ払いのおっさんなら何を言おうが構わない。だが、仮にも我が国のサッカー界のトップに立つ人物が、こともなげに口にするとは、とてもじゃないが文化どうこうのレベルではない。

 協会まで「ひとつの時代は終わりました。ま、ここは切り替えて新しい時代に期待して下さい」で良いわけがない。今度こそきっちりと総括し、忘却へとシフトしようとする流れを食い止め真摯に現実と向き合い、責任の所在を明らかにすること。それなくして、なでしこのこれまでの奮闘は報われない。

 大儀見はそのコメントにより、心ない人たちから随分と悪者扱いされた。しかしながら、当事者として想いの限りを込めた言葉は限りなく重く、個人的には苦しみのなかで自分たちを見つめ、行く末を案じ、それでも信じる未来へ戦いを挑む覚悟を受け取った。おそらくは、会長の何十倍、何百倍の想いをもって、敢えて口にした言葉であろう。ひとりの選手にそこまでの重荷を負わせたうえに、「若いチームにしないと」と言い放った協会こそ時代遅れと言わざるを得ない。

 忘れるのではなく、この痛みを紡ぎながら進んでいく。協会はもとより、多くの人がその覚悟を共有すること。なでしこにたくさんの勇気をもらったひとりとして、それこそが今必要なのではと考えている。(山内雄司=スポーツライター)

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