【コラム】山内雄司

キム選手、岩下選手の処罰 多くの議論が必要

[ 2015年5月29日 05:30 ]

 浦和が無敗行進で優勝争いをリードしている。果たして浦和にストップをかけるのはどのクラブか。そして、この面白い構図をわざわざステージで区切って仕切り直しさせてしまうことにどんな意味があるのかと頭を捻ってしまう昨今だが、ここでは2ステージ制の話は少し置いておこう。ここまでの熱戦のなかで多くの話題が取り上げられてきたが、そのうちのひとつとして、改めてフェアプレーの意義とレフェリングの問題、罰則の裁定などがクローズアップされたのではなかろうか。

 鳥栖のキム・ミンヒョクによる踏みつけ、G大阪の岩下敬輔によるひじ打ちが論争の中心となった。双方ともその行為はネット上でも拡散し、処分の程度も問題視された。4試合の出場停止と厳重注意の差はどうなのか。そもそも軽すぎはしないか、などなど。行為は許されるものではなく処分は当然であるが、彼ら選手だけがダーティーなイメージを定着させて片づけられる問題ではなく、様々に論じなければならないポイントが密接にリンクしている。それをまず整理してみたい。

 【1】レフェリング

 キム選手による踏みつけではイエローカード、岩下選手に対してはカードも出なかった。これはおそらくレフェリーが事態を完全に把握できてなかったからである。特に岩下選手のケースは直接プレーに関与していないところで起こっており、どうしても見落としがちとなる。筆者は以前から主審、副審の3人でピッチ全域におけるあらゆるプレー、行為を把握するには無理があり、改革が必要であるとの持論を持っている。競技の特性上、主審はボールを追わざるを得ず、ボールサイドの選手の直接的なプレーへの関わりを注視しなければならない。副審は常にDFラインとパスの出所をケアしており、そこに関与しない選手は見えづらい。また、直接的なプレーでも角度によってはやはり見えづらいだろう。つまり、もはや3人ではカバーしきれない、というのが筆者の考えだ。
例えば副審(あるいはそれに準ずる存在)を2人増やしてはどうか。オフサイドをケアし、ラインの割った割らないを判別し、ファウルも見逃してはならない、という副審の役割とプレッシャーを分担して軽減することで見落としは減ると考えられる。新たな2名はピッチサイドではなく、スタンドからモニターを駆使してボールサイド以外の選手も見つめ、ファウルの程度も判別する。インカムやその他の機器を使ってすぐさま主審に通知できるシステムで迅速に対応する。

 当然ながら運用には問題がつきまとう。試合の進行の妨げにならないか、設備投資や人的なコストの馬鹿にならないはずだ。ただ、何もしないで現状を超えるのは難しい。レフェリングの質を問うなら、研修の徹底などと並行してやりやすい環境、システムを整えるべきだと思う。無論、これがベストでもベターな方法でもないだろうが、そろそろ抜本的な改革を前提に真剣な議論を始めるべきだ。

 【2】フェアプレー遵守の有形化

 これに関しては“精神”の分野であり、なかなかに難しい。選手一人ひとりが肝に銘じて、ということに他ならないのだが、精神を敢えて有形化することはできないものか。
現在、選手は入場前までに両チームの数選手がフェアプレーフラッグにそれぞれサインし、フラッグとともにピッチに入場してくる。会場によってはモニターで映されるので多くの方がご存知のはずだ。ただ、儀式化、様式化している面は否めない。他選手と談笑しながらサインペンを受け取り、フラッグを一瞥したのみでササッとサインして……。そこに精神は見出しにくい。ならば、例えばあと数分早くピッチに登場し、それから観客が見つめるなかでサインしてはどうか。儀式化という面では同様であろうが、少なくともフラッグに名を刻むという行為が多くの人々の下で行われるぶん、“誓い”の意味合いは強まる。

 あるいは、反則者に罰金や罰則があるように、フェアプレーを遵守した選手、そしてフェアプレーに満ちた試合を選手とともに構築したという点でレフェリーも加えてもっとクローズアップする方法も模索したい。アウォーズにて『フェアプレー個人賞』『最優秀主審賞』『最優秀副審賞』の設定はあるが、それを毎月か毎週、あるいは試合毎に、という短いスパンで表彰までいかなくとも告知するような機会があればいい。とにかく、意識づけには多くの目が効果的だと考える。

 【3】技術的なアプローチ

 抜かれたら失点につながる、ここで上手いこと倒しておけば得点機になる。いわゆる“プロフェッショナル・ファウル”は、どこか認められたり、資質のひとつと考えられているフシもあるが、それは技術的な成長の妨げになってしまうのではないか。ファウルを取られないまでも、すぐに手を出してしまう選手がチラホラ見受けられる。手を出さないで守れる、そもそもそんな状況を作り出さないようにする。それがプロの探求心であり、「よく倒した」と評価するのは志が低いような気がする。

 2000年、V川崎(当時)のDF、米山篤志はフェアプレー個人賞を受賞し、アウォーズの壇上のスピーチでこう切り出した。

 「DFとしてこの賞を頂くのは……」

 そう、彼はDFとしてカードをもらわないなんて激しさ、タフさ、強さのイメージにそぐわないという意見や論調があることを理解したうえで、しかし次のように続けている。
「反則をせずにボールを奪うことが技術だと思うので、この賞を誇りに思い、これからも励んでいきます」

 一言一句は合致していないだろうが、表彰式会場にいて筆者はその言葉に彼のプロ魂と精神に感銘を受けたものだ。笛がなければ、カードがなければファウルも辞さない、は隠れ蓑であり、後に続く選手への模範にもならない。いかにファウルを犯さず技術で難局を突破し、好機を生み出していくか。技術的なアプローチをとことんまでと追求していくことこそが、プロ選手として、クラブやチームとして、もっと言えばサッカーというスポーツの進化や成長において重要であり、最善かつ最短の道であるという意識を皆が共有しなければ、ファウルは減っていかないのではないか。

 【4】組織としての透明性と情報の共有

 キム選手や岩下選手の処罰は、クラブの要請をもってJリーグの規律委員会で決定されたものだが、軽すぎるという意見が後を絶たない。ならば、どういう話し合いが行われ、どういう経過をたどって下されたものか、もっとはっきりと公表すべきではないか。また、そもそもピッチから出なければならない選手を残したという点で、レフェリーの判定も大きく関与してくる。規律委員会、審判委員会は独立したものだが、何が起きたのか、どうしてこういうことになったのか、ともに議論して公表するのが、再発防止という観点からもあるべき姿である。もっと透明に、組織全体の問題として捉えていく必要だ。要請があって開いて幕引きでは、根本的な解決にはならない。

 以上、ざっと書き綴ってきた。筆者の勝手な思い込みや無茶な意見であるのは承知している。しかしながら、人間は時が経てば忘却する。だからこそ、クローズアップされている時に多くの議論をしておくことがJリーグの日本サッカーのより良き未来に繋がるきっかけになるのでは、と思う次第である。今後、キム選手や岩下選手がダーティーなイメージばかりで語られないためにも。(山内雄司=スポーツライター)

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