【コラム】山内雄司

日本代表監督人事に見る 未来に対する確固たる展望、信念の不足

[ 2015年2月13日 05:30 ]

JFAハウス
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 日本代表の後任監督の名が様々に取り沙汰されている。プランデッリ、ホドルはすでに断られた、ラウドルップだ、ハリルホジッチだ、いやスパレッティだ……。

 もちろん後任人事が一大関心事であるのは間違いないが、実のところ次々と名前を書き連ねて可能性の有無を論じることにさほどの意味があるとは思えない。断られたといってもそれが正式なオファーかどうかは分からないし、現地の報道や関係者の話を基に、第一候補だ、有力だと騒ぐことが何だというのか。むしろ、騒げば騒ぐほど重要なことが忘れ去られていくようで、いつもの繰り返しではないかと暗澹たる気持ちになる。

 未来に目を向けるのは当然である。だが、過去やこれまでの経過を見つめ直さなければ、進むべき道は定まってこない。その作業は苦痛が伴うだろう。誰だって失敗や失態はできるならやり過ごしたいものだ。特に周囲から「なぜそうなったのだ」と指摘された場合、素直に応じるのは勇気と根気が必要となってくる。しかし、それでも覚悟を決めて見つめ直す。それが未来へとリードする者たちの役目ではなかろうか。

 協会にはその姿勢が不足して久しい。ドイツで惨敗し、きちんとした総括とアナウンスなきままに失言という“荒業”でオシム体制への移行に世間の目を向けた。南アフリカでは岡田監督の守備偏重への急変更にも「結果が出て良かった」と胸を撫で下ろすばかりで、後任監督選びにもたついて、強化の指針が明確には定まっていないことを露呈した。そして記憶に新しいブラジルでの惨敗では、批判を受けた前回の反省からなのか、早々に4年前にも声をかけていたアギーレ前監督に決することで、「(酷い目に遭ったけど)さあ、次ですよ!彼こそ待ち望んでいた監督なのです。期待しましょう」とばかりにザッケローニ体制を強引に過去のものに押しやってしまった。

 協会は「そんなことはない」と反論するはずだ。しかしながら、日本サッカーを支える多くのファンが総括の不足を感じ、どんな指針があるかを明確にされていないと考え、幹部が責任を回避するばかりの組織との印象を持っていることは否定できない。「実際は大変なんだよ。まあ、理解してもらえないだろうから批判も受け流すしかないね」というのは止めにして、もっとオープンでフェアな組織になることが先決だ。見せかけやイメージだけなら得意な部署、あるいは取引先に頼めばいい。ただ、本当にサッカーファミリーが家長としての認める組織になるためには、やはり改革が必要ではないのか。

 任命責任が声高に叫ばれている。アギーレ前監督の“身体検査”が足りなかったために招いた時間的、金銭的損失を問うものである。ただ、大仁会長や原専務理事が言うように、契約時点では分かりようもなかったかもしれず、任命という点においての責任はないようにも思える(会長は会見でもっと調べておけばよかったと語ったが)。しかし、一歩下がって見れば、ザッケローニ体制の4年間とその最大の目的であったブラジルワールドカップで、世界との差を縮めるどころか力を示せなかったということに対しての責任は存在するだろう。ドイツから個のレベルアップ、層の拡充を課題としながらアギーレ体制でもそれは改善されなかった。育成世代でも結果がでなかったのは、強化策も新たな局面に差しかかっているといえる。

 何も闇雲に「大仁会長、原専務理事辞めろ!」とシュピレヒコールするつもりはない。辞任するだけが責任の取り方ではないからだ。監督選考、招聘のこの時期に、技術委員会を解体してもデメリットしかないという意見も説得力がある。しかしながら、今回の対応は一見すると苦渋でありつつ妥当のように思えるが、前述したように時間的、金銭的損失に加え、日本サッカーの未来に対する確固たる展望、信念が不足しているようにも映る。

 大仁会長は、「我々はアギーレ監督の手腕や力量をたいへん高く評価しています。選んだのは間違いではなかった。できたらこの体制で今後も続けていきたい、告発が受理されなければ問題がなく今後もこの体制でいけると思っていました」と語り、あくまでも代表の活動へのリスク排除を強調した。だが、日本代表を高みに導く監督として最大限の評価をしていたのなら、推定無罪の原則からも、『リスクはあるが、それを差し引いても指揮権を継続すべき』という選択もあったはずだ。穿った見方をすれば、高い評価をしつつも選手、ファン、スポンサーを必死に説得するほどではなかった監督ということになる。アジアカップを圧倒的な強さで優勝していたらどうなったのかは知る由もないが、現在の構図としては、運が悪かった→辞めてもらうしかない→まずまずの対応ができた→また探せばいい。そして、おそらく何とか恰好はつくだろう。

 ただ、そこでヤレヤレと胸を撫で下ろして欲しくない。覚悟はどこまで決まったのか。ロシアへ、その先へどのような絵を描いているのか。大切なのは新監督が誰かではなく、その先にある≪過去や経緯を見つめ直したことから見出す未来への道筋≫にある。高い評価を与えた監督に代えて新しい人材で再出発する。どんな点をもって何を託すのか。命題、目標はどこにあるのか。オープンでフェアな組織への変革を印象づけるべく、今度こそ確固たる説明責任が生じる。

 もうひとつ個人的な見解と断ったうえで、あまり健全ではないと思うことがある。協会内の要職にある、あるいはあった人物が批判を繰り広げたり、逆にもう少し存在感を発揮して欲しい人物が大人しかったりする。希望とすれば、チームがそうであるように下からの突き上げが競争を激化させ、組織を強くする。協会も内部から「俺が、俺たちが変える!」という突き上げがあれば活性化するだろう。

 真のリーダーシップ、家長の威厳と責任感。改革に期待する。(山内雄司=スポーツライター)

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