【コラム】山内雄司

メディアに必要な姿勢 真のプロフェッショナルとは

[ 2014年10月10日 05:30 ]

素晴らしい活躍でミランをけん引する本田圭佑
Photo By 共同

 本田圭佑が素晴らしい活躍でミランを牽引している。セリエAの今季開幕戦で先制ゴールを決めてチームの勝利に貢献すると、続く2節でもゴールにアシストにと活躍。3節こそノーゴールに終わり、チームも初黒星となってしまったが、ここから3試合で2ゴール1アシストとその勢いは止まる気配がない。完全にチームの顔、絶対的エースとしての道を歩みだしている。6節のキエーボ戦ではFKの際にキッカーの権利を主張したうえでこれを叩き込んだ。有無を言わさず結果で周囲を納得させる。かといって、堂々とはしていても独善的すぎることはない。昨季よりもゴールへの意識を前面に、いかに得点できるかを最優先にポジショニングするため、周囲もチャンスシーンが増えている。今季より自身初となるトップリーグでの監督業に不安も抱えていたであろうフィリッポ・インザーギにとっても、本田は救世主のごとき存在と言える。

 こうなれば欧州のメディアもほっとかない。インザーギ監督のみならず、ガリアーニ副会長やミランのOBたち、代理人やザッケローニ前日本代表監督らのコメントと共に、連日のように本田を称賛する。「魔法のようなフリーキック」「真のプロフェッショナルだ!

 昨年、華々しくミラノに降り立った時には期待に満ちた報道をしておきながら、当てが外れると途端にクラブのマーケティングの失敗を説き、本田の態度にも言及してファンからもそっぽを向かれた痛々しい東洋人の姿を煽るなど、平たく言えばヘタクソ、ポンコツ扱いしていた。それがこの変わりよう。やれ、昨年はチーム状態も悪く本田自身もコンディションが悪かった、慣れが必要だったと理由を後付けながら、称賛はしばらく続きそうである。きっと、しばらくの間は……。

 ここからはメディアの話をしてみる。よくファンの方々から日本のサッカーメディアの未熟さ、未成熟さをご指摘いただく。「これだから日本のマスゴミは」という有難くない形容をもって叱咤されることも多い。それは筆者も含め、我々報道側がファンの要求に応えられていない、不見識な部分があるということで、反省と研鑽を重ねていかなければならない。確かに一時的な事象を捉えて大げさに扱ってみたり、スターに祭り上げてしまったり、といった面は否定できない。ワールドカップブラジル大会でも開幕前に日本代表を相対的に、正当に評価できていなかった。代表の惨敗は、メディアの惨敗でもあったという認識は、忘れてはならない傷として深く心に留めておく必要がある。実際、日本のサッカーメディアは意義という面で、報道の責務を果たし切れてはいないのであろう。もっと真摯に、真面目にサッカーと向き合っていくべき面は多々あると感じている。

 そのうえで、あくまでも個人的な見解とお断りして述べさせてもらうが、筆者の限りある海外の主要大会やリーグ取材の範疇(はんちゅう)において感じたのは、海外メディアだからといって必ずしも成熟しきっているとは言えない、ということである。例えば試合後の会見でも、海外では丁々発止の厳しい追及などが毎回行われているように思われるかもしれないが、確かにそうなることもあるが、通常はほぼ日本と大差はない。記者の質問も同様で、「案外たいしたこと聞かないな」ということもしばしばである。ただし、同時に日本の会見はいささか形骸化、慣例化しすぎているところはあるかもしれない。なかには質問しつつ自分の考えに監督コメントを当てはめてみたり、質問自体より『質問している俺』が重要なのかなと思ってしまう節もある。しかしながら、再度主観であることを強調し言わせていただくなら、日本のメディアも自信と覚悟があれば、少なくともゴミと称されるほど酷いものではない。海外メディアに肩を並べるだけの資質はあるのでは、と考えている。

 掌返しは海外メディアも比較的お得意な手法である。現在は絶賛されている本田も、シーズンを通して好調のままとは考えにくい。大小はともかく、必ず波があり、壁にもぶつかるはず。その時に再び掌返しがないとも限らない。そんな中でも本田はやるべきことを理解し、動じない。そんな自分で勝ち取る自信と覚悟を我々メディアも見習わなければならないだろう。

 価値を高めるのは容易ではないが、どこまで真摯に競技と向き合い、そして自分を冷静に客観的に見つめ、判断し評価できるか。それを本田の姿から教えられた気がする。ブラジルでの絶望的な失意を、彼は見事に推進力に変えた。さて日本のサッカーメディアは何を最優先に、どんなポジションを取るのか。真のプロフェッショナルになるために。(山内雄司=スポーツライター)

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